雲光院(読み)うんこういん

日本歴史地名大系 「雲光院」の解説

雲光院
うんこういん

[現在地名]江東区三好二丁目

霊巌(れいがん)寺南東、江戸時代の元加賀(もとかが)町の西方にある浄土宗寺院。竜徳山光巌寺と号し、本尊は阿弥陀如来。慶長一六年(一六一一)の創建で、開山は源蓮社往誉信入潮呑、開基は雲光院殿阿茶局。馬喰(ばくろ)町(現中央区)に創建され(のちの郡代屋敷)、明暦三年(一六五七)の大火で類焼し神田の岩井(いわい)町(現千代田区)に移転。さらに天和二年(一六八二)のお七火事により類焼し、翌年現在地に移転してきた。浄土宗江戸四ヵ寺の一(江戸名所図会)、西ヶ原(にしがはら)村(現北区)に朱印地五〇石を与えられ、塔頭一〇院(うち照光院・龍光院・一言院は現在も旧地にあり)を擁する大寺院となった。阿茶局は武田氏の家臣飯田筑後守の娘で今川氏の臣神尾忠重の妻となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の雲光院の言及

【阿茶局】より

…武田氏の臣飯田筑後直政の女。名は須和,また神尾一位殿,雲光院とも称した。今川氏の臣神尾孫兵衛忠重(久宗)に嫁し,その没後,1579年(天正7)召し出されて家康の側室となる。…

※「雲光院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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