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雲居希膺 うんご

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美術人名辞典の解説

雲居希膺

江戸前期の臨済宗の僧。妙心寺百五十三世。土佐生。法諱は希膺、道号は雲居、号は把不住軒、俗姓は小浜。大徳寺賢谷宗良について出家得度し、妙心寺一宙東黙の法を嗣ぐ。仙台藩主伊達忠宗に請われて松島瑞巌寺を中興し、大梅寺を創建。万治2年(1659)寂、78才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

雲居希膺 うんご-きよう

1582-1659 江戸時代前期の僧。
天正(てんしょう)10年生まれ。臨済(りんざい)宗。京都妙心寺の一宙東黙の法をつぐ。塙(ばん)直之との縁で大坂冬の陣のとき大坂城に籠城,捕らえられた。陸奥(むつ)仙台藩主伊達忠宗にまねかれ,松島瑞巌寺を再興。のち妙心寺住持。万治(まんじ)2年8月8日死去。78歳。土佐(高知県)出身。俗姓は小浜。諡号(しごう)は慈光不昧禅師,大悲円満国師。別号に把不住軒。著作に「般若心経大意」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

雲居希膺

没年:万治2.8.8(1659.9.24)
生年:天正10(1582)
江戸前期の臨済宗の僧。土佐(高知県)生まれ。俗姓は小方。禅を志して上洛し大徳寺の賢谷宗良に就いて出家,次いで妙心寺蟠桃院の一宙東黙に参じた。蟠桃院に出家中の武将塙直之がいた縁で冬の陣の大坂城に入り捕らえられた。許されて妙心寺に戻り,一宙の法を嗣いだ。若狭(福井県)小浜,摂津(大阪府)勝尾山に隠棲し,後水尾上皇の帰依を受けた。伊達政宗の子忠宗のとき松島瑞巌寺に入り,念仏禅を唱え,教えを厳守した。正保2(1645)年,妙心寺に入ったが再び松島に帰って亡くなった。諡号は慈光不昧禅師,大悲円満国師(追号)。<著作>『般若心経大意』<参考文献>卍元師蛮『本朝高僧伝』45巻

(藤田正浩)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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