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電産・炭労スト でんさんたんろうスト

世界大百科事典 第2版の解説

でんさんたんろうスト【電産・炭労スト】

1952年に行われた,単独講和後の最初の大争議で,労使双方が独立後の労使関係における主導権の掌握をめざして激突した。前年に〈左転換〉をはたした総評は,この年,いわゆる総評賃金綱領にもとづく大幅賃上げと最低賃金制の確立,さらに吉田茂内閣打倒を期して,統一闘争を構え,電産炭労をその中軸にすえた。他方,政府,財界は,独立後の産業合理化と労使関係の整備のために,エネルギー産業に属し,総評の中核でもある電産(日本電気産業労働組合)と炭労(日本炭鉱労働組合)に攻撃を集中したので,争議はこの二つの組合を中心に展開された。

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世界大百科事典内の電産・炭労ストの言及

【電産】より

…これに加えて,日本の産業構造中に占める電力産業の基幹性,組合員数15万人という規模の大きさ,電源ストや停電ストなどの戦闘的な争議行為,理論水準の高さなどによって,戦後労働運動の牽引車としての位置を占め,〈輝ける電産〉と称された。しかし,レッド・パージ,電力9分断や電産・炭労ストの敗北など,GHQ,政府,資本家陣営の攻撃を受けつづけ,さらに組合内部の政党閥の激しい主導権争いや,第二組合の発生などにより,56年中央本部の実質的解散に追い込まれ,現在は中国地方本部を残すだけになっている。その後,各社ごとに企業別組合として発生した第二組合は,1954年5月全国電力労働組合連合会(電労連。…

【労働運動】より

… だが,労働組合としての活性化は,きわめて険しい道であった。協約闘争のなかで〈明職(明るく働きやすい職場をつくる)運動〉を展開した北陸鉄道労組や企業整備反対闘争を契機として(合意事項を覚書にする)メモ化闘争を推進した三井三池労組など,いくつかの職場闘争の先進的なケースを生み出していったとはいえ,52年の電産・炭労スト,53年の日産争議の敗北などにみられるごとく,産業別統一闘争は組合側の足並みの乱れによって瓦解を重ねた。このようななかで,総評は職場闘争をベースにすえて家族ぐるみ,町ぐるみの地域闘争で闘うという〈ぐるみ闘争〉路線を提起していったが,この方式も54年の尼崎製鋼争議,日鋼室蘭争議の敗北によって実を結ぶことなく終わった。…

※「電産・炭労スト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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