青梅新町村(読み)おうめしんまちむら

日本歴史地名大系 「青梅新町村」の解説

青梅新町村
おうめしんまちむら

[現在地名]青梅市新町・末広町(すえひろちよう)

野上(のがみ)村の東に位置し、青梅街道が通る。単に新町村とも。慶長一六年(一六一一)下師岡(しももろおか)村名主の吉野織部之助は「三田領杣保野上之郷武蔵野」に新田を開くことを幕府代官に出願、同一八年代官より青梅村・成木(なりき)村・長淵(ながぶち)村など一九ヵ村に人馬の提供および百姓(次男・三男)入村が触れられ、普請が開始された。その立村の際野上村の地先五町下に屋敷を定め、同地先の東西一八ヵ町を新町の規模とするなどとし、元和二年(一六一六)に開村、新町村と称した。同三年には藤橋(ふじはし)村・今井(いまい)村の間に開設されていた七日市場から七日・二七日の市立てを譲られたという(以上「仁君開村記」吉野家文書など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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