内科学 第10版 「非外傷性横隔膜ヘルニア」の解説
非外傷性横隔膜ヘルニア(横隔膜ヘルニア)
非外傷性横隔膜ヘルニアは先天性と後天性に分類される.また,成人期に発症する後天性は,加齢による組織の脆弱化や先天的な横隔膜局所の脆弱性に加えて肥満,妊娠などの腹圧上昇が複合して生じるとされる.ヘルニア門の違いにより食道裂孔ヘルニア,Bochdalek孔ヘルニア,Morgagni孔ヘルニアに分類される.Bochdalek孔,Morgagni孔の位置は図7-16-1に併記した.幼児ではBochdalek孔ヘルニアが最も多く,食道裂孔ヘルニアがそれにつぎ,Morgagni孔ヘルニアは少ない.一方,成人では食道裂孔ヘルニアが圧倒的に多い.
a.食道裂孔ヘルニア(hernia through the esophageal hiatus)
定義・概念
食道裂孔ヘルニアは横隔膜の食道裂孔(図7-16-1)を通って臓器が脱出する状態である.先天的な食道裂孔の脆弱性の関与以外に肥満,妊娠といった腹圧を高める後天的因子の関与が大きい.幼児では先天的な食道短縮がおもな原因とされている.【⇨8-3-2)】
分類
脱出臓器として胃が最も多い.①滑脱型(腹部食道と噴門部が脱出),②傍食道型(噴門の位置は横隔膜下にあり胃底部が裂孔を通って脱出),③混合型(両者が併存)④複合型(胃,小腸,大網,結腸などの臓器が脱出)に分類されることがある.
臨床症状
多くの例は無症状である.症状のある例では,逆流性食道炎に由来する症状,すなわち食後に増強する胸骨後部痛や胸やけなどを訴える.逆流した胃酸による刺激で慢性咳嗽を訴えることもある.
診断
胸部X線写真では,心臓の後方部にしばしば気液界面(air-fluid level)を伴う塊状陰影を呈する(図7-16-2A,B).CT(図7-16-2C),
MRIは補助的診断として有用である.確定診断には消化管造影検査が必要である.
治療
治療として,頭を高くして就寝するなど胃液逆流防止,ヒスタミンH2受容体拮抗薬やプロトンポンプ阻害薬などの制酸剤投与が主体である.これらの治療で症状が改善しなかったり,嵌頓ヘルニアを認める場合,外科的治療を行う.
b.Bochdalek孔ヘルニア(hernia through the foramen of Bochdalek)
定義・概念
横隔膜の後方外側に生じた孔(図7-16-1)を通じて腹部臓器が胸腔へ脱出した状態である.先天性横隔膜ヘルニアの中で最も頻度が高く,2200出生例に1例程度認める. Bochdalek孔ヘルニアは,左側に75~90%起こるとされ左右差が大きい.成人例もあり,年代は中高年,性別は女性に多い.原因として先天的な要因に加えて肥満,妊娠などによる腹圧上昇が考えられている.
診断
脱出臓器は横隔膜欠損の程度に依存し,大きな欠損ではほとんどすべての腹腔内臓器が脱出する.しばしばほかの奇形も合併している.胸部X線写真で消化管ガス像を胸腔内に認める.
治療
出生直後に重篤な呼吸障害に陥ると外科的処置を必要とする.幼小児期に発見された例も,嵌頓ヘルニアに陥る可能性が高いため手術治療が望ましい.
c.Morgagni孔ヘルニア(hernia through the foramen of Morgagni)
定義・概念
横隔膜の胸骨部と肋骨部の境界に存在する左右の胸肋三角部に生ずるヘルニアを胸骨後ヘルニア(retrosternal hernia)あるいは傍胸骨ヘルニア(parasternal hernia)とよぶ.そのうち右側に生ずるヘルニアがMorgagni孔ヘルニア(図7-16-1)であり胸骨後ヘルニアでは頻度が高い.左側はLarrey孔ヘルニア(hernia through the foramen of Larrey)とよばれる.Larrey孔ヘルニアの頻度はMorgagni孔ヘルニアに比較してきわめて少ない.
診断
典型的な胸部X線像は右心横隔膜角に存在する境界明瞭で均一な濃度の腫瘤陰影である.陰影内の腸管ガス像の存在は診断に重要である.逸脱臓器が大網の場合,脂肪に近い濃度を示し,CT,MRIが診断に有用である.成人例もあり無症状の中高年の女性で偶然,胸部X線写真で発見されることが多い.
治療
治療は外科的処置が中心であり,幼小児例および症状のある成人例が対象となる.
[鰤岡直人・清水英治]
■文献
鰤岡直人:胸部写真が正常な呼吸器疾患.フレイザー,呼吸器病学エッセンス: 清水英治,藤田次郎監訳, pp 1001-1012, 西村書店,2009.
Fraser RS, Neil C et al: Disease of the diaphragm and chest wall. In: Synopsis of Diseases of the Chest (3rd ed), pp 897-911, Elsevier, Philadelphia, 2005.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報