須古村(読み)すくむら

日本歴史地名大系 「須古村」の解説

須古村
すくむら

[現在地名]宇検須古すこ

湯湾ゆわん村の南西に位置し、集落は焼内やきうち湾に臨む。湯湾村とは渡船で往来していた。屋喜内やきうち間切(焼内間切)宇検うきえん方のうち。正保琉球国絵図に「焼内間切之内すこ村」とみえ、河内かわうち川沿いに東に進む道が記載され、「すこ村大道」より住用すむゆう間切(現住用村)大道まで三里二九町とある。寛文八年(一六六八)の琉球国郷帳にも焼内間切五ヵ村のうちとして「すこ村」と記される。「大島私考」には宇検方一四ヵ村のうちとして「須古村」とみえ、高六五石余、うち享保内検後の開地は五斗余。


須古村
すこそん

[現在地名]白石町大字つつみ

白石平野の西、杵島山の東麓に近い水田地帯の街村。慶長絵図に「須古城」「須古郷」とあり、正保絵図に村名がみえる。

鎌倉時代は稲佐いなさ城主日向氏(のちの白石氏)の所領であったが、室町時代には平井氏の領地となり、同時代の末には竜造寺隆信の所領、江戸時代は佐賀藩の大配分としての須古領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む