日本歴史地名大系 「堤村」の解説
堤村
つつみむら
- 宮崎県:小林市
- 堤村
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
- 福岡県:甘木市
- 堤村
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
南は
堤村
つつみむら
- 長崎県:福江市
- 堤村
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
- 群馬県:桐生市
- 堤村
堤村
つつみむら
- 青森県:青森市
- 堤村
青森町の東端堤川に沿い、南は
天文年間(一五三二―五五)の津軽郡中名字に「
正保二年(一六四五)の津軽知行高之帳の
堤村
つつみむら
- 大分県:日田市
- 堤村
城内村の南東に位置する。のち上城内村と称した。弘長三年(一二六三)銘の墓があり、堤殿と通称される堤氏の墓というが未詳。同氏は「日田造領記」によると郡老の一人で、日田氏庶流といい、当時の惣領は堤越前守鑑智。すでに応永三〇年(一四二三)一〇月四日の財津氏宛日田永秀書状(大友家文書録)に堤氏がみえ、伊福民部兄弟の所領をたびたび所望していた。以後天正(一五七三―九二)末年まで散見されるが、天文年間(一五三二―五五)に起こった手城岳合戦では討死したようである(豊西記)。同氏の居城があったとされ、鑑智の城という跡が地内東方にあるという(「日田造領記」など)。
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
- 埼玉県:羽生市
- 堤村
堤村
つつみむら
江戸時代の領主の変遷は
堤村
つつみむら
- 群馬県:前橋市
- 堤村
南北に細長い村で、北は
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
- 福島県:須賀川市
- 堤村
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
- 大阪府:貝塚市
- 堤村
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
堤村
つつみむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報