須賀亮斎(読み)すが りょうさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「須賀亮斎」の解説

須賀亮斎 すが-りょうさい

1725*-1804 江戸時代中期-後期儒者
享保(きょうほう)9年12月11日生まれ。須賀精斎長男尾張(おわり)名古屋藩につかえ,宝暦4年父にかわって8代藩主徳川宗勝の侍講となり,7年儒官。7代から9代の藩主の墓誌を撰(せん)する。文化元年11月29日死去。81歳。名は安貞通称図書別号玉澗。著作に「好学論付考」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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