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高島四郎兵衛(初代) たかしま しろべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高島四郎兵衛(初代) たかしま-しろべえ

?-1622 織豊-江戸時代前期の町役人。
父氏春とともに天正(てんしょう)2年肥前藤津郡(佐賀県)から長崎にうつり,のち頭人(とうにん)(町年寄)となった。元和(げんな)8年7月12日死去。名は茂春。号は良悦。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

高島四郎兵衛(初代)

没年:元和8.7.12(1622.8.18)
生年:生年不詳
江戸初期の長崎頭人,海外貿易家。名は茂春。子孫は代々長崎町年寄を勤める。近江源氏の出身。先祖の佐々木左衛門次郎高信のとき初めて高島氏を称す。祖父河内守頼春の代には近江国高島荘に住んでいたが,父八郎兵衛氏春の代に肥前藤津郡を経て天正2(1574)年長崎に移住。のち長崎頭人になる。以後,四郎兵衛を世襲名とし,その子2代茂定は長崎町年寄になり,その後代に町年寄を勤める。文化・文政ごろの茂紀のとき長崎会所調役になり,唐蘭商法の改正を担当。唐蘭貿易にも従事し,外国商人への金融にも参加する。長崎大村町に住み,茂紀の代には高70俵5人扶持,受用銀41貫500目,屋敷地1024坪を擁した。<参考文献>『長崎町年寄発端由緒書』『長崎叢書』

(武野要子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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