スマラガ(読み)すまらが(英語表記)Tomás de Zumárraga

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スマラガ
すまらが
Tomás de Zumárraga
(1577―1622)

スペイン人のドミニコ会宣教師。1602年(慶長7)フランシスコ・モラレスとともに来日、薩摩(さつま)(鹿児島県)甑島(こしきじま)に上陸した。1605年大村(長崎県)に赴き、投獄中の宣教師や信徒を慰問、激励し、その後平戸(ひらど)(長崎県)に渡った。のち同会副管区長に任命され、迫害下の長崎、有馬(ありま)(長崎県)の信徒を励ましていたが、1617年(元和3)大村で捕らえられ投獄。1622年フランシスコ会監察師アポリナリオ・フランコApolinario Franco(1570―1622)らとともに火刑に処せられた。1867年福音(ふくいん)殉教者に列せられた。

[黒沢文貴 2018年2月16日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スマラガ
Zumarraga, Thomas de

[生]? ビトリア
[没]1622.9.16. 大村
イスパニアのドミニコ会司祭。慶長7 (1602) 年モラレスとともに来日。日本副管区長。元和3 (17) 年長崎県大村で捕えられ,同8年火刑に処せられた。慶応3 (1867) 年福者に列せられた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

スマラガ Zumárraga, Tomás de

1577-1622 スペインの宣教師。
1577年3月10日生まれ。ドミニコ会司祭。慶長7年(1602)マニラをへて薩摩(さつま)(鹿児島県)甑島(こしきじま)に上陸。のち京泊(きょうどまり)の修道院長に任じられる。14年京坂で布教中迫害にあい長崎にうつる。元和(げんな)3年大村で捕らえられ,8年8月11日同地で火刑により殉教。45歳。

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世界大百科事典 第2版の解説

スマラガ【Juan de Zumárraga】

1468?‐1548
スペインのフランシスコ会士。カルロス1世(カール5世)にその人徳を買われて初代メキシコ市司教に就任(1528),征服直後のメキシコ社会で重要な役割を演じた。強い使命感をもって教会の組織化や原住民の教化および保護に当たる一方,人文主義的理念に立った教育を原住民の子弟に施そうと努めた。さらに新世界初の印刷機をメキシコ市に導入して出版活動を推進し,メキシコ大学の創立実現(1553)にも尽力した。【小林 一宏】

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