高師の浜(読み)タカシノハマ

日本歴史地名大系 「高師の浜」の解説

高師の浜
たかしのはま

現高石市の海浜部の古称で、高脚・高石とも書いた。「日本書紀」持統天皇三年(六八九)八月一六日条に、「河内国大鳥郡高脚海」に準じて摂津武庫むこ海などに守護人を置き、一般の漁猟を禁じて天皇家の漁猟区としたとあり、高脚海はこれ以前からの禁漁区であったことがわかる。なお河内国とあるのは、この時に和泉国がまだ分立せず河内国に属していたためである。「万葉集」巻一には持統天皇が難波なにわ(現東区)に行幸した時、随伴した置始東人の歌として

<資料は省略されています>

がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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