高村 象平
タカムラ ショウヘイ
昭和期の経済史学者 慶応義塾大学名誉教授;元・慶応義塾塾長;元・中央教育審議会会長。
- 生年
- 明治38(1905)年8月2日
- 没年
- 平成1(1989)年5月11日
- 出生地
- 東京市本郷区(現・東京都文京区)
- 学歴〔年〕
- 慶応義塾大学経済学部〔昭和4年〕卒
- 学位〔年〕
- 経済学博士(慶応義塾大学)〔昭和35年〕
- 主な受賞名〔年〕
- 勲一等瑞宝章〔昭和52年〕
- 経歴
- 昭和10年ドイツ留学。14年慶大経済学部教授、32年経済学部長、35年から40年まで慶応義塾塾長を務めた。定年退職後、大阪学院大学教授、交詢社理事長を歴任。また教育課程審の会長として、“ゆとり教育”をうたった新しい学習指導要領を生み出し、52〜58年中央教育審議会会長を務めた。著書に「日葡交通史」「ドイツ・ハンザの研究」「ドイツ中世都市」「西洋経済史」「西欧中世都市の研究」「回想のリューベック」「私学に生きる」など。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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高村象平
たかむらしょうへい
(1905―1989)
経済史家。東京都出身。慶応義塾大学経済学部卒業後、母校の教授となる。日本の歴史学界で未開拓であった北ドイツ中世諸都市の商人団体ハンザの研究を、ドイツ留学による原史料渉猟によって深めた。その成果は『ドイツハンザの研究』(1959)にまとめられたが、北ドイツの諸都市の特異な同盟の研究を通じ、ドイツ中世の都市制度についても、『ドイツ中世都市』(1959)のような先駆的な研究がある。ほかにも『日葡(にっぽ)交通史』(1942)や『アメリカ資本主義発達史』など多方面の分野の著書がある。慶応義塾の塾長(1960~65)として私学の振興にも貢献し、さらに中央教育審議会の会長として初等・中等教育の改革に取り組んだ。
[寺尾 誠]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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高村象平 たかむら-しょうへい
1905-1989 昭和時代の経済史学者。
明治38年8月2日生まれ。昭和14年母校慶大の教授となる。専門は西洋経済史で,ドイツ中世の都市経済史研究に業績をあげた。35年から40年まで慶大塾長,また52年より中央教育審議会会長。平成元年5月11日死去。83歳。東京出身。著作に「ドイツハンザの研究」「ドイツ中世都市」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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高村 象平 (たかむら しょうへい)
生年月日:1905年8月2日
昭和時代の経済史学者。慶応義塾塾長;中央教育審議会会長
1989年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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