高浜渡(読み)たかはまのわたし

日本歴史地名大系 「高浜渡」の解説

高浜渡
たかはまのわたし

[現在地名]島本町高浜

高浜と対岸楠葉くずは(現枚方市)を結び、楠葉渡ともよばれた。淀川右岸を通る西国街道(山崎通)左岸を通る道をつなぐ交通手段として山崎やまさき渡とともに古くより利用された。近世、京都所司代板倉勝重の免許を得、高浜村の西田家が管理し、西田家は船主ともなった。船着場は国役くにやく(太閤)堤を越えた河川敷にあったといわれる。船は全長六間の川船で、伏見ふしみ(現京都市伏見区)船大工に造らせた。船の運航は西田家から請負で別人が当たった。この渡船業には特権が与えられており、新規に船が運航されるときはよど船番所(現同区)の厳しい調べがなされた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む