鮫島武之助(読み)サメジマ タケノスケ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「鮫島武之助」の解説

鮫島 武之助
サメジマ タケノスケ


肩書
貴院議員(勅選),内閣書記官長

生年月日
嘉永1年11月10日(1848年)

出生地
薩摩国(鹿児島県)

学歴
慶応義塾〔明治6年〕卒

経歴
米国留学後外国語学校教諭。明治14年東京府に勤め、外務省に転じ書記生となりワシントン駐在数年。その後外務大臣秘書官、ローマ公使館書記生、外務省参事官、総理大臣秘書官弁理公使などを経て、第3次・第4次伊藤内閣の書記官長となり、伊藤博文の新党計画や閣内調整を助けた。29年勅選貴院議員。36年退官、以後日本銀行監事を長く務めた。

没年月日
昭和6年2月20日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

関連語 学歴

20世紀日本人名事典 「鮫島武之助」の解説

鮫島 武之助
サメジマ タケノスケ

江戸時代末期・明治期の政治家,官僚 貴院議員(勅選);内閣書記官長。



生年
嘉永1年11月10日(1848年)

没年
昭和6(1931)年2月20日

出生地
薩摩国(鹿児島県)

学歴〔年〕
慶応義塾〔明治6年〕卒

経歴
米国留学後外国語学校教諭。明治14年東京府に勤め、外務省に転じ書記生となりワシントン駐在数年。その後外務大臣秘書官、ローマ公使館書記生、外務省参事官、総理大臣秘書官、弁理公使などを経て、第3次・第4次伊藤内閣の書記官長となり、伊藤博文の新党計画や閣内調整を助けた。29年勅選貴院議員。36年退官、以後日本銀行監事を長く務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鮫島武之助」の解説

鮫島武之助 さめしま-たけのすけ

1848-1931 明治時代の官僚。
嘉永(かえい)元年11月10日生まれ。鮫島尚信(なおのぶ)の弟。東京外国語学校教諭,東京府の中学校長から外務省にはいり,外相秘書官,総理秘書官をへて,第3・第4次伊藤内閣書記官長をつとめた。のち日銀監事。貴族院議員。昭和6年2月20日死去。84歳。薩摩(さつま)(鹿児島県)出身。慶応義塾卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む