鶏口となるとも牛後となるなかれ
大きな集団の末端に連なるよりは、小さな集団でトップとなるほうがよい、ということ。
[使用例] 免るべきの道あれば之を脱れよ、若し免るるに道なければ、牛後たること勿れ[中川克一*偉人百話|1912]
[使用例] 牛後となるよりも鶏口となれであります、僕は電灯会社の重役よりも蝋燭の芯の会社の社長に敬意を表しますね[尾崎士郎*人生劇場風雲篇|1952]
[由来] 「[戦国策]―韓策」に見える、蘇秦という弁論家のことば。紀元前四世紀、中国の戦国時代、次第に強大化する秦国に対して、ほかの六つの国は存亡の危機にさらされていました。蘇秦は、六国が同盟して秦に対抗するのが得策だと考えて、各国の王を説得して回ります。しかし、韓という国の王は、弱小国との同盟を渋り、蘇秦の提案をなかなか受け入れません。このとき、蘇秦が韓王に告げたことばが、「寧ろ鶏口と為るとも、牛後と為る勿れ(ニワトリの口になる方がましです。牛のお尻になってはいけません)」。巧みな比喩を使って、小国連合のトップとなる方が、大国に隷属するよりはよい、と諭したのでした。
[解説] ❶ニワトリの口だって、たいして魅力的なものではありません。それでも、牛のお尻よりはまし。蘇秦は、弱小国との同盟に乗り気でない韓王の気持ちにいったん寄り添った上で、現実的な提案をしています。稀代の弁論家の面目躍如、といったところでしょう。❷現在では、もっと積極的なニュアンスで、自主と独立を尊ぶ気風を表現することばとして、用いられます。勤めを辞めて起業する人などに贈るには、もってこいでしょう。
〔異形〕鶏口牛後。
出典 故事成語を知る辞典故事成語を知る辞典について 情報
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