コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

尾崎士郎 おざき しろう

美術人名辞典の解説

尾崎士郎

小説家。愛知県生。早大在学中から堺利彦らと社会主義運動に関わるが、改造社より『逃避行』を刊行、作家生活に入る。昭和8年開始の新聞連載「人生劇場」で流行作家となり、戦時中は陸軍宣伝班員として従軍した。代表作に『成吉思汗』『篝火』等の歴史小説や自伝的随等『小説四十六年』等がある。歿後に文化功労者を退贈された。昭和39年(1964)歿、66才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

百科事典マイペディアの解説

尾崎士郎【おざきしろう】

小説家。愛知県生れ。早大政経科中退。堺利彦山川均ら社会主義者と交わり,1921年大逆事件に取材した《獄中より》で社会主義の作家として出発。1923年宇野千代と結婚(のち離婚)。
→関連項目新興芸術派

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

尾崎士郎 おざき-しろう

1898-1964 大正-昭和時代の小説家。
明治31年2月5日生まれ。早大を中退,左翼運動にはいるが,やがて離脱。昭和8年「都新聞」に連載の青春小説「人生劇場」が大ヒットし,流行作家となる。のち「成吉思汗(ジンギスカン)」「篝火(かがりび)」「伊勢新九郎」などの歴史小説を手がけた。昭和39年2月19日死去。66歳。文化功労者を追贈。愛知県出身。
【格言など】退屈しきっている人間の神経ほど敏感なものがあろうか(「空想部落」)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

おざきしろう【尾崎士郎】

1898‐1964(明治31‐昭和39)
小説家。愛知県生れ。早稲田大学政経科中退。中学時代から政治に関心をもち雄弁家として知られ,上京後は普選運動や社会主義運動にもかかわったが,やがて離脱して文学に転じた。《獄中より》(1921)が《時事新報》の懸賞で2位に入選し,同年《逃避行》を刊行して文壇に登場。《人生劇場》(1933)で脚光をあび戦時下の花形作家だったが,戦後は歴史小説を多く書き中間小説作家として活躍した。義理,人情といった日本人の伝統的心情のあふれた作風と庶民的な人柄が人々に親しまれている。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

おざきしろう【尾崎士郎】

1898~1964) 小説家。愛知県生まれ。早大中退。長編「人生劇場」で一躍文名が上がる。政治志向が強く社会的事件に取材した「天皇機関説」「大逆事件」などがある。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

尾崎士郎
おざきしろう

[生]1898.2.5. 愛知,上横須賀
[没]1964.2.19. 東京
小説家。早稲田大学政治学科に在学中,学校騒動に巻込まれて退学 (1919) ,東洋経済新報社 (17) ,売文社 (18) ,毎夕新聞社 (20) などを転々としながら『近世社会主義発達史論』 (20) を著わしたりした。 1922年宇野千代と結婚,その居住する馬込村には文人,画家が集り独特の雰囲気をかもしたが,貧苦と離婚問題のためにふるわず,一躍文名を高めたのは再婚 (30) 後の『人生劇場』青春編 (33) からである。作者自身の夢を仮託した主人公青成瓢吉が「人生意気に感ず」とは何かを求めつつ成長していく半自伝的な作品で,以後「愛欲編」 (34) から「蕩子編」 (59) にいたる7編が書かれている。一方その政治家的気質や人間味を生かしきった一連の歴史物『石田三成』 (38) ,『篝火 (かがりび) 』 (1部 39,2部 41) などでも注目された。第2次世界大戦後,戦時中の国粋主義的言動のゆえをもって追放令の適用を受けた (48) が,50年追放解除となり,随筆誌『風報』 (54~62) を発刊。自伝随筆集『小説四十六年』 (62) ,『一文士の告白』 (63~64) などがある。 64年文化功労者追贈。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

尾崎士郎
おざきしろう
(1898―1964)

小説家。明治31年2月5日、愛知県生まれ。早稲田(わせだ)大学政治経済学科中退。愛知二中(現岡崎高校)時代から政治に関心を寄せ、早大に進んで雄弁家として活躍する一方、堺利彦(さかいとしひこ)の売文社に出入りして社会主義運動にも身を投じたが、やがて『逃避行(とうひこう)』(1921)を著して離脱し、文学に転じた。当初は不遇であったが、1935年(昭和10)川端康成(やすなり)が『人生劇場――青春篇(へん)』(1935)を絶賛して脚光を浴びる。伝統的な日本人的心情の反映した人柄と文学は、庶民大衆の共感をよび、第二次大戦下にあった人々の民族心を喚起して、一躍花形作家となり、従軍作家として戦地に赴き、『石田三成(みつなり)』(1938)や『高杉晋作(しんさく)』(1941)を新聞に連載した。戦後は、戦時下の活動が華やかであったがゆえに、戦争責任追及の指弾は免れえなかったが、時代の風潮に動揺せず節を守り、『天皇機関説』(1951)によって文芸春秋読者賞を受賞して文壇に復帰した。相撲(すもう)好きで横綱審議会委員を終生務めた。昭和39年2月19日没。文化功労者(没後追贈)。[都築久義]
『『尾崎士郎全集』全12巻(1964~65・講談社) ▽尾崎一枝著『父尾崎士郎』(1973・毎日新聞社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の尾崎士郎の言及

【人生劇場】より

尾崎士郎の長編小説。1933‐43年《都新聞》《東京新聞》に連載。…

※「尾崎士郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

尾崎士郎の関連キーワード人生劇場 飛車角と吉良常横須賀(愛知県西尾市)東洋経済新報社富沢 有為男尾崎 士郎村田 修子田中貢太郎筒井 敏雄宇野 千代中川 一政天城湯ヶ島中川一政南 喜一藤浦 洸真田幸村田辺茂一吉良温泉吉良常不同調瓢々忌

今日のキーワード

天網恢恢疎にして漏らさず

《「老子」73章から》天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるということ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

尾崎士郎の関連情報