黒井忠寄(読み)くろい ただより

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「黒井忠寄」の解説

黒井忠寄 くろい-ただより

1747-1799 江戸時代中期-後期武士
延享4年生まれ。出羽(でわ)米沢藩(山形県)藩士勘定頭から年寄となる。藩主上杉鷹山(ようざん)の命で堰(せき)奉行となり,寛政6年松川から北条郷への用水路開削着手。9年総延長32kmの黒井堰を完成させた。ついで11年飯豊山(いいでさん)穴堰の開削に着手したが,同年11月7日死去。53歳。通称は半四郎。号は幽量。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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