龍泉寺跡(読み)りゆうせんじあと

日本歴史地名大系 「龍泉寺跡」の解説

龍泉寺跡
りゆうせんじあと

[現在地名]都城市都島町

都城跡の北側の台地にあった。万年山と号し、臨済宗本尊聖観音。万延元年(一八六〇)の寺院由緒調控(都城島津家文書)によると、梶山かじやま(現三股町)で戦死した北郷義久の嫡子久秀と次男忠通の菩提寺として建立され、開山には大明国師を勧請、初め霊照山薦福寺と号した。のち北郷相久の菩提寺になって万年山常徳寺と改め、さらに北郷久直が実父島津家久の位牌を安置して龍泉寺と改称した。寺禄三七石。初め京都五山派だったが、常徳寺と改める際に大年崇延を中興開山として臨済宗関山派に転じた(三国名勝図会)。慶応三年(一八六七)廃絶(日向地誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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