山崎 一雄(読み)ヤマザキ カズオ

20世紀日本人名事典 「山崎 一雄」の解説

山崎 一雄
ヤマザキ カズオ

大正・昭和期の社会運動家



生年
明治29(1896)年5月9日

没年
昭和52(1977)年11月21日

出生地
石川県河北郡宇ノ気村(現・宇ノ気町)

学歴〔年〕
東京帝国大学政治学科〔大正10年〕卒

経歴
学生時代、新人会に参加。卒業後、大阪時事新報記者となるが、神戸の川崎・三菱両造船所の大争議に参加。同社を退職して上京し、約1年間東京朝日新聞記者を務めた。大正11年モスクワに行きプロフィンテルン執行委員代理として約半年間活動する。帰国後は国民新聞などに勤務、そのかたわら日本フェビアン協会などで活躍する。15年「民衆新聞」編集長となり、また社会民衆党結成に参加し、機関紙部長、のち東京都連合会書記長。昭和11年以降は東京市役所に勤務し、社会運動から離れた。戦後社会党に参加し、党本部事務局長、機関紙編集長を務めた。26年大島岡田村長に当選した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山崎 一雄」の解説

山崎一雄(2) やまざき-かずお

1911-2010 昭和-平成時代の化学者。
明治44年3月15日生まれ。日本や中国の古美術品を顔料材質成分などの化学的見地から研究。母校・東京帝大の助手をへて,昭和18年名古屋帝大教授。35年「醍醐寺(だいごじ)五重塔壁画」(共同研究)で学士院恩賜賞。63年国際古文化財保存学会フォーブス記念賞。平成元年学士院会員。平成22年4月10日死去。99歳。愛知県出身。

山崎一雄(1) やまざき-かずお

1896-1977 大正-昭和時代の社会運動家。
明治29年5月9日生まれ。大正11年モスクワにいき,プロフィンテルン執行委員代理となる。帰国後,新聞記者として活動するかたわら日本フェビアン協会,政治研究会に参加し,15年社会民衆党機関紙部長。戦後は社会党本部事務局長などをつとめた。昭和52年11月21日死去。81歳。石川県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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