馬堀村(読み)まぼりむら

日本歴史地名大系 「馬堀村」の解説

馬堀村
まぼりむら

[現在地名]巻町馬堀

蒲原低湿地帯の微高地上に形成された村落で、並木なみき村、佐渡山さどやま(現吉田町)の西にある。天正五年(一五七七)の三条衆給分帳(市川浩一郎氏蔵)に「名塚分」として「漆山」「てんちくと村」「押付村」とともに「間堀村」とある。元和四年(一六一八)長岡藩知行目録には、高三七三石五斗余、馬堀村とあり、寛永一一年(一六三四)三根山領となる。


馬堀村
うまほりむら

[現在地名]亀岡市しの町馬堀

東は山本やまもと村、西は柏原かせばら村、南は篠村、北は大堰おおい(保津川)東西に流れる。村内を京街道(山陰道)が通る。

天保一二年(一八四一)の「桑下漫録」では高二〇〇・一〇二石、戸数四五、亀山藩領。同書に当村は四方田地で、北方を字蓼嶋たでしまといい、低地水田ばかりで畠方はなく、五穀上品とあり、氏神山本村請田うけた大明神(現桑田神社)とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報