S行列理論(読み)えすぎょうれつりろん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「S行列理論」の意味・わかりやすい解説

S行列理論
えすぎょうれつりろん

行列マトリックス)を用いて素粒子散乱、発生、他の粒子への崩壊などの現象研究する理論。素粒子の種々の反応を量子論的に記述するには、これらの反応の生ずるはるか以前の時刻における状態(始状態)が与えられたとき、それが反応後十分に時間を経過したのちにどんな状態(終状態)に変化するかを知ればよい。それは、さまざまな始状態が、可能なさまざまの終状態に対してもつ成分である行列要素を求めることに等しい。もっとも簡単な反応は粒子の散乱(scattering)なので、これを散乱行列とよぶこともある。状態の運動方程式を解けばS行列もわかるが、状態の時間的推移の力学的記述の詳細によらずに、S行列が物理的に満たされなければならない一般的条件(ユニタリー演算子であること、反応が因果律に従うこと、相対性理論に反しないことなど)のみからでも、素粒子の反応に関する有用な関係式のいくつかが導かれる。光学定理や分散公式などがその例である。これらの関係式は実験で知られる量と直接に結び付くので理論の妥当性を検証するのに役だつ。素粒子反応をS行列によって記述する研究や、S行列のもつべき数学的性質に関する研究などを総称してS行列理論というが、S行列の概念は最初ハイゼンベルクによって提起された。始状態、終状態として量子論と類似考え方の成り立つ他の物理的過程(たとえば立体回路中の電磁波伝搬など)にもこの概念は広く応用される。

[牧 二郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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