日本歴史地名大系 「大間越街道」の解説
大間越街道
おおまごしかいどう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…はじめは山形から笹谷街道を経て仙台・松前道に達したが,1622年(元和8)秋田藩主が上山経由の山中七ヶ宿街道を調査し,55年(明暦1)以降本筋となった。秋田~弘前間も62年(寛文2)を境に,以前は大間越・鰺ヶ沢の日本海沿い(後の大間越街道)であったが,以後は大館・碇ヶ関の山道に代わった。出羽・津軽地方の諸藩が多く利用した。…
※「大間越街道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...