阿波内侍(読み)あわのないし

朝日日本歴史人物事典 「阿波内侍」の解説

阿波内侍

生年生没年不詳
平安末・鎌倉初期の女性。『平家物語』に登場する建礼門院徳子の女房。『平家物語』の中でも信西(藤原通憲)と紀二位朝子の娘とするものと,信西の子藤原貞憲の娘とするものがある。信西の孫真阿弥陀仏などの説もあるが,実在は確認できない。文治1(1185)年平家滅亡後剃髪し大原寂光院に遁世の日々を送る建礼門院に,大納言佐と共に尼となって仕え,女院最期を看取ったという。文治2年の後白河法皇大原御幸両院の対面の司会者的役割を果たし,信西の縁者ともされるため,『平家物語』の成立との関係,醍醐寺および安居院流唱導との関連などが指摘されている。

(櫻井陽子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「阿波内侍」の解説

阿波内侍 あわのないし

?-? 平安後期-鎌倉時代女官
建礼門院の女房。藤原通憲(みちのり)の娘とも孫ともいわれる。壇ノ浦戦い(1185)のあと,京都大原寂光院で女院とともにすごし,最期をみとったといわれる。大原女(おはらめ)の装束内侍服装をまねたものという。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の阿波内侍の言及

【大原女】より

…鎌倉初期(1213‐19)の《東北院職人尽歌合》では髷の上に割木をのせ,紺の筒袖に帯を前結とし白の脛布を付けているが,後には島田の髪に縫紋様の手拭をかぶり,藍染の着物に御所染の帯,腰に前垂れ,手には白い甲掛けと足に脚絆,二本鼻緒の草鞋(わらじ)をはくといういでたちとなった。この姿は,かつて建礼門院に近侍した阿波内侍(あわのないし)が山に柴などを刈りにいく姿をまねたものと口承されている。【野田 只夫】。…

※「阿波内侍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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