後宮の官司である内侍司(ないしのつかさ)の、おもに典侍(ないしのすけ)・掌侍(ないしのじょう)を内侍と称するが、平安後期以降は掌侍のみをさすようになる。内侍司は天皇に常侍し、奏請・宣伝や宮中の礼式等を掌(つかさど)る司であったが、平安時代以後は後宮の女司の中心となった。平安中期以降には上皇・三后・斎宮などに内侍と称する職が置かれ、中宮内侍・斎宮内侍等とよばれる。また内侍所(ないしどころ)(温明殿(うんめいでん)の神器安置の場所。また女官の詰所・執務機関)にも内侍という女官が置かれたらしい。令(りょう)制では典侍4人、掌侍4人であるが、平安時代以後は権任(ごんにん)が加わった。『禁秘(きんぴ)抄』に第一の掌侍を勾当内侍(こうとうのないし)と称することが記されるが、近世ではその曹司(ぞうし)にちなんで長橋殿(ながはしどの)・長橋局(つぼね)とよんだ。
[黒板伸夫]
『角田文衛著『日本の後宮』(1973・学燈社)』▽『須田春子著『平安時代後宮及び女司の研究』(1982・千代田書房)』▽『和田英松著、所功校訂『新訂官職要解』(講談社学術文庫)』
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…当初は平安時代の公家の邸宅で従者である侍の詰める所,伺候する所。寝殿の主屋の周囲の廊の部分をいうこともあり,主殿に付属するものを内侍(うちさむらい),邸内に別にあるものを遠侍(とおざむらい)という。藤原道長の《御堂関白記》長和4年(1015)に,政所,侍所という場所の名称がすでに見える。…
…福島・浅野時代には社領は没収されるが毎年1000石余支給された。司祭者は神主のもとに社人,内侍(ないし),供僧がいた。内侍は舞姫もつとめたが本来巫女で,所領のほか社頭にささげられた散銭散米の収得権を持ち中世末まで権威を保持した。…
…宮中に仕えた女官で,勾当内侍(こうとうのないし)の別称。清涼殿の東南隅から紫宸殿の御後(ごご)に通ずる細長い板の橋を長橋といい,そのそばに勾当内侍の局(つぼね)があったことからこの称が生まれた。…
…鈴振り神子,湯立神子,神楽神子とも称される。これにもローカルタームがあって,宮中の神事に奉仕した御巫(みかんこ),伊勢神宮の斎宮(いつきのみや),賀茂神社の斎院またはアレオトメ,熱田神宮の惣の市(そうのいち),鹿島神宮の物忌(ものいみ),厳島神社の内侍(ないし),美保神社の市(いち)などが著名である。けれども現在では,本来の神がかり現象を示すものはほとんどみられない。…
※「内侍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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