六代御前物語(読み)ろくだいごぜんものがたり

改訂新版 世界大百科事典 「六代御前物語」の意味・わかりやすい解説

六代御前物語 (ろくだいごぜんものがたり)

中世の物語。平家一門の三位中将維盛は,10歳になる六代御前と8歳になる姫君との養育を北の方に託し,傅人(めのと)の斎藤五・斎藤六をとどめて都を落ちるが,一の谷の戦に大敗を喫し,熊野灘の沖で入水してしまう。北の方は2人の子を連れて隠れ忍んでいたが,北条四郎時政に知られて,六代が捕らえられる。頼朝の信用厚い高雄の文覚(もんがく)上人は北条に20日の猶予を乞い,頼朝を説得して六代を助けるために京を離れる。20日を過ぎても文覚は戻らず,北条は六代を伴い,鎌倉へと下る。それを知った北の方は六代の無事を祈って長谷寺へと赴く。駿河国千本松原で,もはや最期というときに,文覚の使いが六代赦免(しやめん)の頼朝の文をもたらし,次いで来た文覚に六代を渡す。斎藤五・斎藤六は急ぎ京に上り,長谷寺の観音堂で祈願中の北の方たちを尋ねだし,六代との再会がなる。漢字交じり片仮名文で,ほかに伝本がない。冒頭に〈延慶弐年(1309)六月日 六代御前物語〉とある。長谷観音の利生を説く唱導の書であったと考えられる。欠損部も多いが,内容は《平家物語》巻七〈維盛都落〉,巻十〈維盛入水〉や,巻十二〈六代〉〈初瀬六代〉とほぼ同材。1309年を成立時期とみるならば,《平家物語》関係では現存最古のもの。戦後,兵庫県赤穂で冨倉徳次郎によって発見,紹介された。
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