イステミ・カガン(その他表記)Istämi Qaghan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イステミ・カガン」の意味・わかりやすい解説

イステミ・カガン
Istämi Qaghan

[生]?
[没]575/576
突厥カガン。中国の史書では室天蜜 (しつてんみつ) ,瑟帝米 (しっていべい) と音写され,東ローマ史料のシルジブロス Silziboulos,ディザブロス Dizaboulosにあたる。突厥の初代伊利可汗の弟で,中央アジアの征服にあたり,ササン朝と協力してエフタルを滅ぼし (563~567) ,クチャ (亀茲) の北方のユルドゥズ渓谷を本拠として,東ローマと使節を交換し,西面可汗と呼ばれた。その勢力はモンゴル高原のカガンのそれより強大で,中央アジアの突厥が 583年に西突厥として独立する萌芽は,すでに彼のときに現れていた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む