イラン音楽(読み)イランおんがく

改訂新版 世界大百科事典 「イラン音楽」の意味・わかりやすい解説

イラン音楽 (イランおんがく)

イランの音楽はアラブの音楽,トルコの音楽と並んで西アジアの音楽文化圏で重要な位置を占める。歴史的にペルシア音楽と呼ばれたが,これは人口の過半数がペルシア語を話し,そのペルシア詩と密接な関係をもって発展し伝承されてきたのが彼らの音楽だからである。しかし別にクルドバルーチ,アラブ,ユダヤ人,アルメニア人,トルクメンやその他のトルコ系の少数民族がそれぞれの言語文化と表裏一体の音楽文化をもっている。

 古代のアケメネス朝の音楽に関しては,ヘロドトスクセノフォンゾロアスター教徒の典礼についてわずかに言及しているが,その実体は知りえない。ササン朝になると音楽に関する記述や図像学的資料がいくつか残されており(ターク・イ・ブスターンの石彫など),当時,音楽が隆盛し,音楽家が宮廷で重用されたことが知られる。ラームティン,バームシャード,ナキサー,アーザード,サルカシュそしてバールバドら楽人の名前や,旋法体系,暦と対応した旋法の数,また楽器の名前や種類およびその形状や奏法も,ある程度までわかっている。7世紀のイスラム化以後,イランの楽人はアラブ世界で活躍し,ファーラービーイブン・シーナー,サフィー・アッディーンら,イラン出身の音楽理論家はアラビア語で著述を残した。今日のイラン古典音楽(ペルシア音楽)は直接的には19世紀のカージャール朝宮廷音楽が伝承されたものであるが,その源は中世イスラム世界の宮廷音楽の伝統にさかのぼる。その特徴は,半音より狭い微小音程を含む7音音階に基づく旋法の体系(ダストガー)と,アラブ・ペルシアの韻律法にのっとり作られたペルシア詩の古典詩の朗誦の結合である。アーバーズと呼ばれる歌唱様式によって,このダストガー音楽は体現されるが,アーバーズの主要部分は,むしろ拍節のない,伸縮自在のリズムにより,半ば即興的に演奏される。拍節の明確な歌はタスニーフとかザルビーと呼ばれ,あらかじめ作曲された軽い付随的な部分を成す。アーバーズの伴奏に用いられる楽器は,タールセタール,サントゥール,カマーンチェのような弦楽器やネイと呼ばれる管楽器,そしてトンバク(ザルブ)と呼ばれる太鼓で,旋律楽器は歌の旋律を不即不離の関係で追う。またこれらの楽器が,あらかじめ作曲された器楽曲ピーシュダルアーマドレング)を歌の前奏曲終曲として合奏演奏することもある。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イラン音楽」の意味・わかりやすい解説

イラン音楽
イランおんがく

イランには,アラビアとトルコの古典音楽に対応し,ペルシア文学と密接な関係をもつ古典音楽のほかに,クルド,バルーチーなどイラン系の,またアゼルバイジャン,トルクメンなどトルコ系の,それぞれ異なった言語を話す民族の音楽がある。古代ペルシアのアケメネス朝の音楽については,ギリシアの史家ヘロドトスやクセノフォンがわずかに言及しているが,詳しくは知りえない。諸芸術が興隆したササン朝になると,音楽に関する記述がいろいろ残っており,歴代の王の宮廷で音楽家が優遇されたこと,すぐれた楽人の名前,使用された楽器の種類,名人バールバドの作曲したかずかずの旋律の名称などが知られている。7世紀にイスラム化され,サラセン帝国の版図に入ってからは,ペルシアの楽人はバグダードをはじめ各地でますます活躍し,アラビア音楽との交流も行われた。ファーラービー,アビセンナ (イブン・シーナー) ,サフィー・ウッディーンら,アラビア語で音楽理論の著述をした学者の多くもペルシア出身であった。今日の古典音楽は俗にアーバーズと呼ばれ,ダストガの旋律体系に基づいた,本来ペルシア語の古典詩を朗唱する自由なリズムの歌などを中心とするが,ほかに器楽でアーバーズを演奏することもある。ルーミー,サーディー,ハーフェズらのアラビア・ペルシアの韻律法に基づいた詩のリズムを生かしつつ,これをダストガの種々のグーシェ (旋律型) に乗せて歌うもので,その無拍のリズムはイラン独特のものである。またタスニーフと呼ばれる拍節のある歌曲も好んで歌われる。器楽は本来歌の伴奏のためのものであるが,歌の旋律をあしらうほか,序奏,間奏の部分に技巧的なチャハールメズラーブという形式を即興的に奏することがある。また器楽合奏の楽曲形式にピーシュダルアーマド (前奏曲) やレング (舞曲) などがある。古典音楽でおもに用いられる弦楽器には,タール,セタール,サントゥール,カマンチェ,ウード,西洋のバイオリンなどがあり,管楽器にはネイ (ナーイ) ,西洋のクラリネットがある。トンバクがリズムを受持つ。民俗楽器には,ドタール (リュート属の撥弦楽器) ,ゲイチャク (弓奏) ,ソルナー (スールネイ) ,ドホル (大太鼓) ,ダーイレ (タンブリン) などがある。

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