フランスの作家セナンクールの自伝的小説。1804年発表。主人公オーベルマンは大革命前夜に生まれ、18世紀の百科全書派(アンシクロペディスト)の思想的風土に育ったが、革命の動乱による大打撃と、革命後の社会の現実に対する失望から、彼の心に生じた不安、憂鬱(ゆううつ)、倦怠(けんたい)を丹念に分析し、友人にあてた書簡の形で書き綴(つづ)る。この作品は、スイスの山中に放浪生活を送る作者の20歳から30歳に至るまでの内面の真摯(しんし)な記録といえる。と同時に、革命によってもたらされた当時の青年たちの深い挫折(ざせつ)感など、いわゆる「世紀病」の記述によって同時代の忠実な証言となっている。また、主人公の孤独な魂の告白が、美しい自然のなかで、自然の神秘に対する深い瞑想(めいそう)のうちになされていることも注目に値する。これらの点からこの作品は、1830年代の世代――ロマン派の世代の共感をよび、フランス文学史上、特異な作品の一つとなっている。
[山下佳代子]
『市原豊太訳『オーベルマン』(岩波文庫)』
…だが結婚生活は失敗に終わり,生涯孤独に暮らす。代表作《オーベルマン》(1804)は,薄幸な青年が友人に書き送った書簡体の小説で,作者自身の内的体験を語った自伝的作品である。主人公はアルプスやパリ近郊の自然のなかに暮らし,文学的・哲学的考察を通じて自己を分析し,人間の快楽のむなしさを感じて思い悩む。…
…とりわけルソーの書簡体小説《新エロイーズ》や自伝的な作品《告白録》がその代表とされる。恋愛を中心とする自己の感情の起伏や精神的苦悩を主人公に仮託して描く自伝文学は,ロマン主義文学の中でも主要な位置を占め,ゲーテの《若きウェルターの悩み》,シャトーブリアンの《ルネ》(1802),セナンクールの《オーベルマン》(1804),コンスタンの《アドルフ》へと継承され,ミュッセの《世紀児の告白》(1836)へと受け継がれる。この系譜の中からは,激変する社会の現実と自己の存在との乖離(かいり)を感じ,愛に満たされず何かを求め続け現実から逃避していく〈世紀病mal du siècle〉を病んだロマン派的魂の典型が浮かび上がる。…
※「オーベルマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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