ギヨーマン(読み)ぎよーまん(その他表記)Armand Guillaumin

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ギヨーマン」の意味・わかりやすい解説

ギヨーマン
ぎよーまん
Armand Guillaumin
(1841―1927)

フランスの印象派の画家。パリに生まれ、1863年アカデミー・シュイスに学び、セザンヌ、ピサロを知る。同年セザンヌとともに落選展出品。セザンヌたちとの交遊からモネたちとも知り合い、カフェ・ゲルボアのグループに参加。パリ市の夜間勤務によって生計をたてて描く。1873年ころ、しばしばオーベル近辺でセザンヌらと制作、印象派の形成に参加。1874年以来、6回印象派展に出品しているが、のちシニャックらの影響下に色調を強めた。1891年富籤(とみくじ)で大金を手中にして以後は絵画に専念。オルリーに没。代表作に『シャラントンの港』(パリ、オルセー美術館)など。

[中山公男]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ギヨーマン」の意味・わかりやすい解説

ギヨーマン
Guillaumin, (Jean Baptiste) Armand

[生]1841.2.16. パリ
[没]1927.6.26. パリ
フランスの画家。パリで働くかたわらアカデミー・シュイスに学び,そこでピサロやセザンヌなどと知合った。 1863年の落選展,74年の第1回印象派美術展に出品し,以後,印象派の画家として活躍。絵画の新しい理念や表現方法をすばやく理解し,自己の絵画に取入れることはできたが,自身は改革者ではありえなかったため,独創性の輝きに欠ける。

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