クンデラ(読み)くんでら(その他表記)Milan Kundera

デジタル大辞泉 「クンデラ」の意味・読み・例文・類語

クンデラ(Milan Kundera)

[1929~2023]チェコ小説家長編小説冗談」で地位を築くが、のち、反体制派として作品発表を禁じられる。1975年にフランス亡命。他に「存在の耐えられない軽さ」「不滅」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「クンデラ」の意味・わかりやすい解説

クンデラ
くんでら
Milan Kundera
(1929―2023)

チェコの作家。ブルノの音楽学者の家庭に生まれ、幼時から音楽に親しみ、その影響は作品上にも強く反映している。プラハの音楽芸術大学映画科を卒業後、同大学で世界文学を講じながら実作に取り組み、戯曲・小説などのジャンルで実験的作品を発表。1968年の「プラハの春」前後には、チェコスロバキア作家同盟書記長として「人間の顔をした社会主義」への改革運動に積極的に参加し、ソ連軍の戦車を背景とする「正常化」に抵抗。その一方、改革の評価などについての仲間であった作家のV・ハベル(1989~1992チェコスロバキア大統領。1993~2003チェコ大統領)と意見が対立、論争が行われた。1970年には反体制派として国内での作品発表を禁止され、1975年フランスに移住、大学の教職につきながら創作活動を継続する。その結果、1970年以降の作品は国外、フランスやカナダでまず公刊されるようになったが、根本となる原稿はすべてチェコ語で書かれ、チェコの作者としての立場が鮮明であった。しかし、1979年にはチェコの市民権を剥奪(はくだつ)され、1981年にフランスの市民権を得たこともあって、しだいに祖国との距離を置き始めた感があり、作品もフランス語で書く場合があった。1989年の「ビロード革命」以後は、本国でも多数の作品が出版され、2019年にはチェコの市民権を再取得した。

 文学的な出発は、詩集『人間、この広き庭園』(1953)、および『モノローグ』(1957)であったが、やがて「抒情(じょじょう)詩的年齢」を脱し、戯曲『鍵(かぎ)の所有者』(1963)、短編集『微笑を誘う愛の物語』(1963~1968)と進み、長編『冗談』(1967)は、社会主義体制下における人間性のゆがみを描いた傑作として、国際的に高い評価を受けた。その作品のほとんどは、現代社会での理想と現実の相克を愛と性を焦点にして辛辣(しんらつ)にえぐり出しているが、フランス移住後には、メディシス賞を受けた長編『生は彼方に』(1973)、『別れのワルツ』(1976)、『笑いと忘却の書』(1979)、『存在の耐えられない軽さ』(1984)などがある。とくに長編『不滅』(1989)は、人間の運命、その終焉(しゅうえん)と不滅性についてのさまざまな考察を複合したアレゴリカル(寓意(ぐうい)的)な作品である。さらに『緩やかさ』(1995)、『ほんとうの私』(1998)、『無知』(2001)と精力的に作品を発表した。なお、評論にも『小説の技法』(1960。邦題『小説の精神』)、『裏切られた遺言』(1983)などがあり、文学的関与の幅はきわめて広く、チェコの作家としてもっとも話題性に富んでいた。

[飯島 周]

『金井裕訳『小説の精神』(1990・法政大学出版局)』『千野栄一他訳『微笑を誘う愛の物語』(1992・集英社)』『西永良成訳『笑いと忘却の書』(1992・集英社)』『西永良成訳『別れのワルツ』(1993・集英社)』『西永良成訳『裏切られた遺言』(1994・集英社)』『西永良成訳『緩やかさ』(1995・集英社)』『近藤真理訳『ジャックとその主人』(1996・みすず書房)』『西永良成訳『ほんとうの私』(1997・集英社)』『西永良成訳『無知』(2001・集英社)』『関根日出男・中村猛訳『冗談』(2002・みすず書房)』『西永良成訳『生は彼方に』(ハヤカワepi文庫)』『千野栄一訳『存在の耐えられない軽さ』(集英社文庫)』『菅野昭正訳『不滅』(集英社文庫)』『工藤庸子著『小説というオブリガート――ミラン・クンデラを読む』(1996・東京大学出版会)』『西永良成著『ミラン・クンデラの思想』(1998・平凡社)』『赤塚若樹著『ミラン・クンデラと小説』(2000・水声社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クンデラ」の意味・わかりやすい解説

クンデラ
Kundera, Milan

[生]1929.4.1. チェコスロバキア(現チェコ),ブルノ
[没]2023.7.11. フランス,パリ
ミラン・クンデラ。チェコの小説家,劇作家,エッセイスト,詩人。政治的批判や哲学的考察を織り交ぜたエロティックな喜劇作品を残した。
著名なコンサートピアニストで音楽学者でもあるルドビーク・クンデラを父にもち,当初音楽を学んだが,しだいに文筆に移行し,1952年にプラハの音楽演劇アカデミーで文学を教え始める。1950年代には共産主義レジスタンスの指導者ユリウス・フチークへのオマージュである"Poslední máj"(1955。原題『最後の5月』),その皮肉めいた論調とエロティシズムのために当局から非難された"Monology"(1957。原題『モノローグ』)を発表した。数冊の短編集と大成功を収めた一幕劇『鍵の所有者』Majitelé klíčů(1962)のあと,長編第1作にして最高傑作の一つ『冗談』Žert(1967)を発表,スターリン主義時代に生きるさまざまなチェコ人の日常や運命をコミカルにかつ皮肉的に描き,国際的に高い評価を受けた。第2作『生は彼方に』Život je jinde(1969)は,1948年の共産党体制を受け入れる不運なロマンチストを主人公に据えた。
1968年のチェコスロバキアにおける民主化(→プラハの春)を支持したが,ソビエト連邦をはじめとするワルシャワ条約機構軍の軍事侵攻後は,すべての著作が出版禁止となったうえに教職をも失った。1975年にレンヌ第二大学に招聘されて妻ベラ・ハラバンコワとともにフランスに出国,1979年にはチェコ政府により市民権を剥奪された(2019年回復)。1970年代から 1980年代にかけて,『別れのワルツ』Vallčík na rozloučenou(1976),『笑いと忘却の書』Kniha smíchu a zapomněn(1979),『存在の耐えられない軽さ』Nesnesitelná lehkost bytí(1986)などの作品がフランスをはじめ海外で出版されたが,チェコでは 1989年まで発禁処分を受けた。『笑いと忘却の書』では,人間の記憶や歴史的真実を否定し,消し去ろうとする近代国家の姿を軽妙に皮肉った短編が組み合わさっている。
『緩やかさ』La Lenteur(1994)からフランス語で執筆を始め,『ほんとうの私』L'Identité(1997),チェコ移民の物語『無知』L'ignorance(2000),パリの友人たちの物語『無意味の祝祭』La fête de l'insignifiance (2013)を発表した。そのほか,『小説の精神(小説の技法)』L'Art du roman(1986),『裏切られた遺言』Les Testaments trahis(1993),『カーテン 7部構成の小説論』Le Rideau(2005),『出会い』Une Rencontre(2009)などのエッセーや評論集もある。
2008年,クンデラによる密告でプラハの警察に逮捕され,14年間投獄された西側元諜報員の存在を示す記事がチェコの雑誌に掲載された。クンデラは記事の内容を否定したが,彼は 1948年に共産党に入党,密告したとされる 1950年当時は党を除名されていた。その後,1956年に再入党し,1970年まで党員であった。

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改訂新版 世界大百科事典 「クンデラ」の意味・わかりやすい解説

クンデラ
Milan Kundera
生没年:1929-

第2次世界大戦後チェコが生んだもっとも才能ある作家で,評論《長編小説の芸術》(1960),戯曲《鍵の持主たち》(1963),短編集《微笑を誘う愛の物語》(1963-68),代表作の長編《冗談》(1967,邦訳あり)などを発表,大作家への完成が期待されたが,1968年のいわゆるチェコ事件以後フランスへ出国,現在フランスで活躍中。滞仏作品に《生は彼方へ》(1969完成,邦訳あり)ほかがある。
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百科事典マイペディア 「クンデラ」の意味・わかりやすい解説

クンデラ

チェコの詩人,劇作家,短編小説家。モラビア生れ。戯曲《鍵の持主》(1962年),短編集《微笑を誘う愛の物語》(1970年),社会主義社会のひずみにしいたげられた人間の姿を描いた小説《冗談》(1967年)は,チェコ時代に書かれた傑作。1968年の民主化運動後退ののちフランスへ出国,1981年に帰化。その後も,後期の代表作《存在の耐えられない軽さ》(1984年)や問題作《不滅》(1990年)を書き上げた。チェコ語の他にフランス語でも執筆している。
→関連項目亡命文学

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