日本大百科全書(ニッポニカ) 「サイード」の意味・わかりやすい解説
サイード
さいーど
Edward William Said
(1935―2003)
アメリカの英文学、比較文学者。イギリス委任統治時代のエルサレムに生まれたパレスチナ人で、1948年エジプトのカイロに移り住む。1950年にアメリカに渡り、プリンストン大学、ハーバード大学に学び、アメリカの市民権を取得。1963年からコロンビア大学助教授、1970年からは同教授。ビコや、フーコー、デリダ、ドルーズ(ドゥルーズ)らポスト構造主義者の影響下に批評活動を展開し、『始まりの現象――意図と方法』(1975)、『世界・テキスト・批評家』(1983)、『文化と帝国主義』(1993)などを発表した。
サイードの名が世界的に知られるようになるのは1978年に発表した著書『オリエンタリズム』によってである。従来、東方趣味、東方研究、エキゾチシズム、といった「オリエンタリズム」の語義に、サイードのこの著書によって新しい意味が加えられた。すなわちオリエンタリズムとはヨーロッパ人が自らの文化的優位を示すために、ヨーロッパとは異なるものとしてオリエントを表象しようとしてつくりあげた観念であり、そこにはヨーロッパ中心主義が反映している、というのである。さらにサイードによれば、イスラムを対象とするオリエンタリズムは、ユダヤ人を対象とする反ユダヤ主義に似ているという。ヨーロッパ人が心に描くイスラム教徒、トルコ人、アラブの表象は、かつてヨーロッパ人にとってイスラムが象徴したきわめて危険な力を矮小化(わいしょうか)したものにほかならない。
サイードのこの鋭い指摘は欧米の言論界、学界に広範な議論を巻き起こした。この書は新しいオリエンタリズム芸術研究が起こる引き金になったばかりでなく、ポスト植民地主義時代の多元的な文化論として、カルチュラル・スタディーズの一翼を担うものとして評価された。
しかし、こうしてヨーロッパ人の優越意識に激しく抗議するサイードは、けっして特定の立場、イデオロギーを代表するものではない。サイードは自分の役割を知識人のそれと規定する。著書『知識人とは何か』(1994)によれば、知識人とは権力にへつらう堕落した専門家ではなく、権力に対して真実を語ることができるアマチュアであるべきであるとし、自ら言説をもってそれを実践しようとした。
[久米 博 2018年8月21日]
『今沢紀子訳『オリエンタリズム』(1986/上下、1993・平凡社)』▽『エドワード・W・サイード著、浅井信雄他訳『イスラム報道』(1986/増補版・2003・みすず書房)』▽『山形和美他訳『始まりの現象――意図と方法』(1992・法政大学出版局)』▽『山形和美訳『世界・テキスト・批評家』(1995・法政大学出版局)』▽『大橋洋一訳『知識人とは何か』(1995・平凡社/平凡社ライブラリー)』▽『大橋洋一訳『文化と帝国主義』1、2(1998、2001・みすず書房)』▽『エドワード・サイード著、中野真紀子訳『ペンと剣』(1998・クレイン/ちくま学芸文庫)』▽『エドワード・サイード著、四方田犬彦訳『パレスチナへ帰る』(1999・作品社)』