しきい値則(読み)シキイチソク

化学辞典 第2版 「しきい値則」の解説

しきい値則
シキイチソク
threshold law

化学反応の断面積速度定数の衝突エネルギー依存を広いエネルギー範囲について求めることは,反応研究の重要な目的の一つであり,一般的には難しい問題だが,反応が起こりはじめるしきい値における反応断面積や速度定数のエネルギー依存は,量子力学的計算によって比較的容易に得ることができる.たとえば,二つの中性粒子による発熱反応の断面積σは,中性粒子間の衝突エネルギーεの1/2乗に反比例する.

σ ∝ ε-1/2

もし,反応によって熱の出入りのないときは,σ ∝ ε0.吸熱反応のときは,吸熱量を E0 としてσ ∝ (εE0)1/2 になる.これらの関係は,E.P. Wignerが1948年に中性子の反応に対して得たものであるが,中性である原子分子の反応にも当然適用できる.熱平衡にある原子や分子の衝突エネルギーは温度に比例するから,次式で反応断面積を速度定数kに変換すれば,

となる.ここで,μは衝突する2粒子の換算質量kBボルツマン定数である.速度定数の温度に対するしきい値則は,T→0に対しては次のように求まる.発熱反応:kT 0,熱の出入りのない反応:kT 1/2,吸熱反応:kT 0 exp(- E0/kBT).発熱反応が絶対零度で有限の値をもつことは,アレニウス式からは想像しにくいが,トンネル反応を考慮すれば理解できる.しきい値則は,原子や分子の電子衝突あるいは光照射によるイオン化の断面積についても次の形で提案されている.

σi ∝ (EEth)n-1,(n ≧ 1)

ここで,Eは衝突する電子または光子のエネルギー,Eth はイオン化のしきい値,nは反応後にエネルギーを失って残る電子とイオン化で生成した電子の数の和である.すなわち,電子によるイオン化では,つねに光によるイオン化よりもnの値は1だけ大きい.ただし,n = 0にあたるのは,衝突される分子,あるいは原子の電子捕獲反応と,光の場合の分子,あるいは原子の共鳴吸収である.いずれもスペクトルはδ関数になる.n = 1は光による一価イオンの生成,あるいは電子衝突による分子,あるいは原子の励起に相当し,エネルギースペクトルは階段関数になる.n = 2は光による二価イオンの生成,および電子による一価イオンの生成に対応する.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

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