シドニーポワティエ(その他表記)Sidney Poitier

現代外国人名録2016 「シドニーポワティエ」の解説

シドニー ポワティエ
Sidney Poitier

職業・肩書
俳優,映画監督

国籍
米国

生年月日
1924年2月24日

出生地
フロリダ州マイアミ

勲章褒章
自由勲章(米国大統領)〔2009年〕

受賞
アカデミー賞主演男優賞(第36回)〔1963年〕「野のユリ」,アカデミー賞名誉賞(第74回,2001年度)〔2002年〕,ベルリン国際映画祭男優賞(第8回)〔1958年〕「手錠のまゝの脱獄」,AFIライフ・アチーブメント賞〔1992年〕

経歴
バハマ人農夫の子としてマイアミで生まれる。少年時代はバハマのナッソーで過ごし、15歳で渡米。様々な職業を転々とし、18歳で軍隊入隊。除隊後、U.S.ニグロ・シアターの裏方として入り、演技のレッスンを受ける。1945年「Navajo Kid」で映画デビュー。’46年「Lysistrata」でブロードウェイの舞台に立つ。’55年映画「暴力教室」の不良少年役で注目され、’58年「手錠のまゝの脱獄」でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、’63年に「野のユリ」でアフリカ系初のアカデミー賞主演男優賞を受賞。善良で知的な青年を演じ、代表的なアフリカ系スターとなった。’69年ポール・ニューマンなどとファーストアーティストプロダクション設立プロデューサー業にも進出。’72年「ブラック・ライダー」で初監督。以来、俳優、監督として活躍。2002年卓越した演技力と独特の存在感などが評価され、アカデミー賞名誉賞を授与される。2009年オバマ大統領より大統領自由勲章を授与される。他の出演作に「ポギーとベス」(1959年)、「いつか見た青い空」(’65年)、「夜の大捜査線」(’67年)、「招かれざる客」(’67年)、「愛は心に深く」(’68年)、「影なき男」「リトル・ニキータ」(’88年)、「スニーカーズ」(’92年)、「ジャッカル」(’97年)など、他の監督作品に「12月の熱い涙」(’73年)、「スタークレイジー」(’80年)、「ファスト・フォワード」(’85年)など。’95年より駐日バハマ大使を務めた。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

20世紀西洋人名事典 「シドニーポワティエ」の解説

シドニー ポワティエ
Sidney Poitier


1924.2.24.(1927.説あり) -
米国の俳優,映画監督。
フロリダ州マイアミ生まれ。
少年時代バハマのナッソーで過ごし、15才で学校を中退ニューヨークへでる。様々な肉体労働を経験後18才で軍隊入隊、除隊して黒人劇団に入団し巡業に参加、1954年「暴力教室」の不良少年役が認められ、’58年「手錠のままの脱獄」、’60年「ボギーとベス」で人気を獲得、’63年「野のユリ」で黒人として初めてアカデミー主演男優賞受賞、’67年「招かれざる客」、「夜の大捜査線」等に出演し、その後プロデューサーや監督業にも進出、’72年「ブラック・ライダー」「12月の熱い涙」等を監督。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「シドニーポワティエ」の解説

シドニー ポワティエ

生年月日:1924年2月24日
アメリカの俳優;映画監督

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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