日本大百科全書(ニッポニカ) 「ティルマンズ」の意味・わかりやすい解説
ティルマンズ
てぃるまんず
Wolfgang Tillmans
(1968― )
ドイツの写真家。ノルトライン・ウェストファーレン州生まれ。14歳のころから愛読していたという『アイ・ディー』i-D、『プリンツ』Prinz、『スペックス』Spexなど、ヨーロッパの若者向けの商業誌から写真家としての経歴をスタートする。ミュージシャンやスーパーモデルなどを撮影する商業写真の分野で活躍する一方、現代美術の分野でも注目を集め、2000年、イギリスで活動する現代美術作家に与えられる新人賞、ターナー賞を受賞している。
ティルマンズの作品は、彼の友人やモデル、あるいは日常的な風景を撮影したものが中心となっており、若者たちの危なげな行動や放縦なライフスタイル、傷つきやすい精神をありのままに切り取った、ある種のルポルタージュあるいはドキュメンタリーと受け取られることが多い。しかしティルマンズは、それが作りものでありフィクションにすぎないと述べ、撮影された状況が演出されたものであることを公にしている。ティルマンズの言葉は、批評家たちが彼の作品を自伝的な作品だととらえ、「ジェネレーションX」などという若者たちを分類する陳腐なカテゴリーに帰属させてしまうことに辟易(へきえき)して語られたものだといわれているが、同時に、彼の作品がフィクションと現実の絶妙なバランスの上に成立するものだということを物語るものでもある。
ティルマンズの作品のもう一つの大きな特徴は、インスタレーションの奔放さである。大小さまざまなサイズで、モノクロとカラーが混在することも気にとめず、ある部分では非常に密集して、また別の部分ではとてもゆったりとした間隔で、二次元平面全体を使うそれは、何の制約にも縛られない伸びやかなものだ。線的ではなく、面的に展開するイメージは、自由な組み合わせを可能にし、あるストーリーのかたわらに別のストーリーを同居させることになる。幾重(いくえ)もの線が交錯し、絡み合うかのように構成されるその場所を、ティルマンズは「心理学的な地図」psychological mapと呼んでいる。またさらにそこでは、すでに発表済みの作品も、その意味を問い直され、まったく新しい文脈のなかに配置されて再生させられる。彼のインスタレーションは、時間軸上をも自由に行き来している。
ティルマンズの作品集のなかでは少し異質な、一つのテーマでまとめられた写真集がある。ロンドンのヒースロー空港に離発着するコンコルドを撮影した『コンコルド』Concord(1997)である。ティルマンズは、この撮影を行う際に、職業写真家という特権を活かして特別な場所に立ち入るということを意識的に避けたという。特別な場所ではなく、誰もが立ち入ることのできる場所から撮影するというその姿勢は、ティルマンズのなかでは一貫している。例えばフィルムも、誰もが利用しているようなカラーフィルムを使用していると述べている。通常写真家は、作品のためであれば入手困難であっても特殊なフィルムや機材を積極的に手に入れようとする。ところがティルマンズにとってそれは避けるべきものなのだ。ティルマンズはそうした姿勢を「イメージ・メーキングにおける社会的アプローチ」と説明している。商業誌での活動を継続しているためか、芸術的な表面を装っているなどと誤解されることも少なくないティルマンズだが、根底には非常に真摯(しんし)な表現に対するポリシーがある。
そのほかの写真集に、『弱いときこそ、俺は強いのだから』For When I'm Weak I'm Strong(1996)、『都市』Burg(1998)、『兵士――90年代』Soldiers; The Nineties(1999)などがある。
[杉田 敦]
『For When I'm Weak I'm Strong (1996, Cantz, Ostfildern)』▽『Concord (1997, Walther König, Köln)』▽『Burg (1998, Taschen, Köln)』▽『Soldiers; The Nineties (1999, Walther König, Köln)』