翻訳|fiction
本来,虚構とかつくりごとを意味するが,英語では小説作品をも指す。小説はもともと娯楽用,あるいは教戒用のつくり話であった。18世紀以降の西欧の科学的実証主義の思潮が長編小説の最盛期と符合したため,小説を人間の真実ないしは社会の実相を表現する模写芸術とし,文章外の事実と文章との合致を想定させる〈まことらしさ〉,あるいは〈リアリティ〉に至上価値をおく小説観が一時有力となった。今日でもなお一般読者の間では,そのような誤解が根強く残っており,それがロマン主義的な〈詩人はぐれ者説〉と同時的に輸入された結果,日本独自のジャンルとして誕生したのが〈私小説〉〈心境小説〉である。しかし,そのなかに描かれた〈私〉ですら,実は生身の人間としての作者と同質ではない。語り手としての〈私〉と主人公として行動する〈私〉は明らかに区別できるし,小説を書く作業に没頭している〈私〉もまた別個の存在なのである。
20世紀初頭のロシア・フォルマリズム以来,ソシュール言語学の影響のもとに構造主義批評,詩学,文学記号論の領域で発達してきた小説形式の研究は,その実践的探究ともいうべき作家たちの多彩な実験(ジョイス,フォークナー,ロブ・グリエ,ボルヘスら)と相まって,自明の理ともいうべき以上の事実をあらためて明らかにした。それによれば,小説(そして広く文学作品)は言語で成り立っている。とすれば,作品を支配するのは,現実の世界を支配する因果関係ではなく,言語の法則なのである。語は対象そのものを指さずに概念を指し,対象同士の関係ではなく語相互の関係によって,言語という独立した体系をつくっている。また,統辞法の制約によって,どんなに重層的で多元的な事象をも,すべて単層的な線形進行のなかに収容せざるをえない。そのため,言語構造体としての小説(広く文学作品)は,必ず現実の世界と遊離した独特の小説(ないし文学)空間を成立させるが,それはつねに虚構空間でもある。したがって,フランスの自然主義時代,日本の大正時代に問題となった,〈虚構〉と〈写実〉といった対立は根本的に無効となる。作家の努力は,暗示,余韻,隠喩,象徴,アイロニーなどの手法を駆使することによって,いかにして言語のそうした概念性,線形性,単層性,分節性を克服するかに向けられる。
さらに,書かれた虚構としての小説についていうと,つくり話から出発したなごりとして,物語性という制約を避けることはできない。いつ,どこで,だれが,何をしたかという伝統的物語性を仮に破壊しても,物語性は作品の進行の形態,つまり語りの経済性に姿を変えてよみがえる。〈小説のなかにはノイズがない〉(R. バルト)。元型論的にいえば,むしろ伝統的な物語内容も,そうした語りの経済性の特殊な表れにすぎなかった。小説のなかの各要素は,現実の世界との対応を犠牲にしてでも,相互に緊密に呼応し,何かが起これば次に何かを期待させるという構造をつくる。ドアが開けば,だれかがはいって来ることを期待させる。それでもだれもはいって来なければ,さらに緊張度の強いサスペンスが生まれる。〈ドアが開いた〉という記述は,その事実を記録するだけにとどまりえない。侯爵夫人が〈絶望〉すれば,シャンペンを注文するよりは〈ピストル〉を取り出す確率のほうが高い。しかし,小説のなかでは,この〈絶望〉と〈ピストル〉の間にみられるのも表層の機能的呼応関係であって,文章以前の因果関係ではない。多くの場合,ピストル自殺が先に想定されたうえで,〈絶望〉という語が選ばれるのだから,小説のなかでは,結果とみえるものが原因となって,原因とみえる結果を生じさせるとさえいってよい。事実,フローベールは女主人公の自殺を前提として《ボバリー夫人》を書きはじめたし,スタンダールは《赤と黒》の1行目を書くときにすでに,主人公ジュリヤン・ソレルの刑死を予知していた。こうした逆説からも,虚構空間のなかの要素は,原因と結果の関係ではなく,隣接的なものが相互に引き合うという言語の法則に支配されていることがわかる。
しかし,言語にはさらに,一つの語が同類の他の語群を喚起するという法則性がある。通常,作家たちはそれらの語群から選んだ語を隣接関係のなかに並べていくことで,理解可能な物語を紡ぎ出していくのであるが,ある種の精神病者は,同類の語を選別することなしに隣接関係の軸上に並べていくという。これと同じ筆法を小説のなかにもちこんだロブ・グリエら,フランスのヌーボー・ロマンの作家たちの作品も,整合的理解を困難にする,まさにそのゆえに無気味な衝迫力をもつという点で,フィクションの新しい領域開発の試みとして注目に値しよう。
→小説
執筆者:平岡 篤頼
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虚構、仮構、小説。ラテン語のフィクティオfictio(形成する)が語源で、本来捏造(ねつぞう)するの意味があり、想像による創作の意味をもつ。事実をあるがままに記録、描写するのではなく、架空の人物や物語を真実らしく構想することで、ロマンスやノベルを総称してフィクションとよぶようになった。伝記、ルポルタージュを意味するノンフィクションと対立する語。
[船戸英夫]
…字義どおりにはフィクションではないもの,つまり小説,詩,戯曲を除くすべての著作物。日本やアメリカの書評紙ではベストセラーの一覧をフィクションとノンフィクションに分け,後者には健康促進,ペットの飼い方などの実用書まで含まれる。…
※「フィクション」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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