ハイトン(その他表記)Hayton

改訂新版 世界大百科事典 「ハイトン」の意味・わかりやすい解説

ハイトン
Hayton
生没年:1201-71

小アルメニア(キリキア)の王。在位1224-69年。ヘトゥームHethumともいう。オゴタイ・ハーンのときモンゴル帝国に臣属し,モンケ・ハーンの治世の1254年自国を出発しステップ路経由でカラコルムに至り,モンケに拝謁した。所領安堵と教会免税の勅書を得,50日におよぶ滞在ののち帰途についた。サマルカンド,ブハラを通りイランに出て翌年7月帰国した。随員キラコスによる旅行記録が存在している。
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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ハイトン」の解説

ハイトン
Haiton

1215~70(在位1226~69)

ヘトゥム1世(Hetum)ともいう。小アルメニア(キリキア)王。モンゴル帝国に降り,モンゴル高原に旅行して,カラコルムでモンケ(憲宗)に会い,所領の安堵,教会免税の勅書を与えられた。旅行談を残した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハイトン」の意味・わかりやすい解説

ハイトン
Hayton; Hethum

[生]1201
[没]1271
小アルメニア (キリキア) の王 (在位 1224~69) 。モンゴルに降伏し,1254年モンケ (蒙哥)に謁するためモンゴルにおもむき,翌年帰国した。

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普及版 字通 「ハイトン」の読み・字形・画数・意味

【敗】はいとん

敗走する。

字通「敗」の項目を見る。

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