改訂新版 世界大百科事典 「ハニーフ」の意味・わかりやすい解説
ハニーフ
ḥanīf
〈真の宗教の信徒〉を意味するアラビア語。〈真の宗教〉とは唯一絶対神アッラーに帰依することで,コーランはアブラハムがハニーフであったことを強調する。すなわち,アブラハムは偶像崇拝者ではなくハニーフであり,また,ハニーフではあってもユダヤ教徒でもキリスト教徒でもなかった,と述べている。アブラハムがこのようなハニーフであったと強調する啓示の背景には,預言者ムハンマドとユダヤ教徒,キリスト教徒との論争がある。アブラハムはモーセやイエスよりも前の人,すなわち,ユダヤ教やキリスト教の成立以前の人である。それにもかかわらず,彼が〈真の宗教の信徒〉であったことは,すでに旧約聖書で強調されており,ユダヤ教徒もキリスト教徒も否定できない。アブラハムがハニーフであったという事実から,ユダヤ教でもなく,キリスト教でもない〈真の宗教〉の存在をムハンマドは導き出した。
イブン・イスハークの《預言者の伝記》は,イスラム以前のメッカに4人のハニーフがいたとして,その名を挙げている。その1人はムハンマドの妻ハディージャの従兄ワラカである。当時の人々がこの4人をハニーフと呼んだのではなく,彼らが唯一絶対神への信仰を保っていたために,後世の人がコーランでのハニーフの概念を彼らに当てはめたと考えられる。しかし,偶像崇拝,多神信仰が盛んなメッカにあっても,一神教の思想をもつ人々もおり,彼らの思想,行動がムハンマドに刺激を与えたことは事実であろう。
執筆者:後藤 晃
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報