翻訳|prophet
宗教史上広く見られる現象としては,超越者からのカリスマ(霊的賜物)によって何らかの程度に日常性を超える究極のものを明らかにし,人に救済をもたらす働きをする霊能者のこと。通常の場合は,未来の事象の予言も含まれる。ここでは預言の意味を深め,また長期にわたって預言活動の続いた古代イスラエルに問題をしぼって,預言者の問題をたどる。
古代イスラエルの思想史的発展の記録である旧約聖書では,すでに最も古いいわゆる族長アブラハムを預言者と呼んでいる個所があるが(《創世記》20:7),狭義の預言者は一定の社会史的条件のもとに登場し,活動したもので,その点で広義の預言者的ということと区別したい。モーセに預言者的要素が強いことは彼についての旧約聖書の記述にさかのぼり,歴史的に考えてもある程度にこれを認めうる。モーセ時代に続くいわゆる士師の時代に輩出した〈カリスマ的指導者〉士師に預言者的要素が強いことも当然であるが,そのような預言者的伝統を受けて士師時代の終り,王国時代の初めに活動したサムエルに狭義の預言者の最初の活動を見いだしたい。預言者はイスラエルにおいて,その歴史の危機の時代に一回一回に登場し,しかもその危機は士師の場合のように局地的なものでなく,国家の政治的危機を前提とする。サムエルはペリシテ人というイスラエル全体を脅かすにいたった強敵が現れ,それに対抗するための王国形成途上に預言者的活動をした。《サムエル記》上の始めに記されているように,サムエルは祭司の徒弟として預言者的召命を受け,サウル,ついでダビデを王として対ペリシテの危機からイスラエルを救った。サムエルより少し遅れて,ダビデの宮廷にはナタン,ガドなどの宮廷預言者がいたが,彼らも堂々と王を詰責し,ただ王に追随した者たちではない。しかしそれ以後になると宮廷預言者は職業的預言者として体制擁護の役割を演ずる。だが職業的預言者と旧約聖書が多くのページを割いている古典的な預言者との間の区別も必ずしも明確につけがたい。
前9世紀に北王国イスラエルで活動したエリヤ,エリシャのような預言者をわれわれは〈行動の預言者〉として,前8世紀以後の〈言葉の預言者〉から区別する。隣国アラムの圧迫のためにフェニキアと結んで異教を導入したオムリの王朝を倒したエリヤ,エリシャが革命的な行動によって預言活動をなしえたのは,イスラエルが上層・下層の鋭い社会的対立によって国内的に分裂していたからである。一方,前9世紀以後中産階級層が力を得てくると直接の行動により社会変革をもたらすことは不可能となり,ここにアモス以下の〈言葉の預言者〉は国内の階級対立,国際的な大国依存を審判の言葉をもって批判し,問題の最後の解決である救済は歴史の終末にこれを期待するようになる。この〈行動の預言〉と〈言葉の預言〉の区別は最近の欧米の社会学的な預言研究における周辺的預言と中心的道徳性による預言の区別に応ずるものである。エリヤ,エリシャの革命的行動は体制外からの,すなわち社会の周辺からの活動であり,アモス以下は社会・国家の中心に道徳的規準によって体あたりで審判の預言を続ける。しかしこの審判の預言は道徳性という自国を超える神の立場からなされるから,ここで初めて神は世界の神となり,民族神の制約を脱却する。それに応じイスラエルも他の諸民族の中の一民族となり,そこでかえって選ばれた民となる(《アモス書》3:2と9:7の関係を参照)。〈言葉の預言者〉において預言は神と民の間を審判の言葉,救済の言葉をもって引き裂き,また引き裂くことによって新たに結びつけようとしたものといえる。アモスに続くホセア,イザヤ,エレミヤなどの前8~前7世紀の預言者の活動の中心をわれわれはその点に見たい。王国の滅亡後に活動したエゼキエルや第2イザヤといわれる預言者(《イザヤ書》40~55)では預言の性格はかなり変わり,前者には祭司的要素が強く,後者には文筆家の面が強い。
執筆者:関根 正雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
きたるべき世界の内容や、その意味、それに対する人間の態度や生活のあり方を指し示す人たちをいう。ユダヤ教、キリスト教などの宗教的預言者がその代表。『旧約聖書』の「サムエル記」には、神がかり状態のなかで幻を見、それを伝える見者(けんじゃ)(ローエーrō,eh)のことが記されている。見者には、このようにシャーマンの性格がみいだされるが、預言者(ナービーnābî,)となると、ただ幻を見て語るだけでなく、預言者に臨んだ神のことばを語る性格が強くなる。
この見者と預言者との区別は、同じ『旧約聖書』のなかでかならずしも明瞭(めいりょう)にされているわけではない。キリスト教で『旧約聖書』とよばれている部分は、ユダヤ教では主たる聖典であり、「律法」「預言書」「諸書」の3部に大別される。このなかの「預言書」は、さらに「ヨシュア記」「士師(しし)記」「サムエル記」上下、「列王紀」上下の4書を「前預言書」とよび、「後預言書」すなわち「イザヤ書」「エレミヤ書」「エゼキエル書」の三大預言書と、「ホセア書」「ヨエル書」「アモス書」「オバデヤ書」「ヨナ書」「ミカ書」「ナホム書」「ハバクク書」「ゼバニヤ書」「ハガイ書」「ゼカリヤ書」「マラキ書」などの十二小預言書とに分かれる。「前預言書」は、預言書の名前こそもつものの、モーセの指導のもとにカナーンの地に入ったイスラエル民族が、そこにイスラエル王国を建設、やがて南北に分裂、滅亡して「バビロンの捕囚」に至るまでを記した、むしろ歴史書である。ここには見者は登場しても、その名にふさわしい預言者はほとんど描かれていない。
典型的な預言者が描かれているのは「後預言書」である。これらの預言書には、まず、神の命に反し、異教の神々を拝して不義の生活に走るイスラエル民族への批判が語られ、そのような生活のもたらすものが民族の滅亡であることを告げ、その状態からの立ち直りが叫ばれている。しかし、その預言者たちのことばもむなしく、民族が滅亡し「バビロンの捕囚」を迎えると、今度は、苦難に陥った民族を励まし、苦難が将来の生活にもつ積極的な意味づけが語られる。これが「エゼキエル書」や「イザヤ書」の第40~66章である。とくに「イザヤ書」の第53章にみられる「主のしもべのうた」は、きたるべきイエスの出現を「預言」したことばとして知られる。
このように預言者は、神のことば、それも倫理性を強く帯びたことばを、神から預かって語る人々である。ユダヤ教、キリスト教の、アモス、ホセア、イザヤ、エレミヤ、第二イザヤ、エゼキエルなどが、なかでも代表的存在である。しかし、イスラム教では、イエスも預言者の一人とされ、マホメット(ムハンマド)は最後で最大の預言者になっている。日本では、『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』によって内憂外患のあることを説いた鎌倉仏教の日蓮(にちれん)や、不義の戦争による日本の亡国を説いた無教会主義キリスト教の内村鑑三(うちむらかんぞう)や矢内原忠雄(やないはらただお)などが、預言者的人物とされている。
預言者および預言者的人物にみられる共通性は、強烈な召命体験と終末意識とをもってする、その生きた社会への批判である。そのために世の迫害を受けることが多く、伝統的宗教の祭司とも対立する。預言者は、しばしば、社会変動期の危機状況のなかに出現するが、預言者とその精神によって、新しい社会を目ざした変革状況が促進されることもある。
[鈴木範久]
霊感により神より下された言葉を伝える者。イザヤ,エレミヤ,エゼキエルなどの古代イスラエルの預言者は,国家滅亡の前後にヤハウェ神への信仰に立って,民に警告と慰めを与えた。一方,イスラームはこれとは異なる預言者伝説を持っていて,コーランにはノア,アブラハム,モーセ,イエスなどがあげられ,ムハンマドにも最後の預言者としての自覚があった。
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【イスラムとはなにか】
イスラムはアラブの預言者ムハンマドが610年に創唱した一神教で,世界宗教として西アジア,アフリカ,インド亜大陸,東南アジアを中心に現在ほぼ6億の信者をもつ。正しくはアラビア語でイスラームといい,〈唯一の神アッラーに絶対的に服従すること〉を意味する。…
…【山折 哲雄】
【ヘブライズムの神】
古代イスラエル宗教,ユダヤ教,キリスト教,さらにイスラム教の系譜は,ふつう(唯)一神教といわれる。経典では旧約聖書(ユダヤ教では〈律法・預言者・諸書〉略してタナハTanakh),新約聖書,さらにコーランに示される。ヘブライズムの唯一神の特徴は,ギリシア思想における哲学的・思弁的宇宙原理や原始的自然宗教における畏怖の対象と異なるとともに,直接の環境世界をなす古代オリエント宗教の多神教における宇宙論的至高神とも異なり,特定の人間・社会に対する〈かかわり〉と〈働き〉の中に見られる。…
…シャマニズムとは通常,トランスのような異常心理状態において超自然的存在(神霊,精霊,死霊など)と直接に接触・交流し,この間に予言,託宣,卜占,治病,祭儀などを行う人物(シャーマン)を中心とする呪術・宗教的形態である。〈シャーマン〉の語はツングース系諸族において呪術師を意味する〈サマンšaman,saman〉に由来するとする説が有力である。ほかに〈沙門〉を意味するサンスクリットの〈シュラマナśramana〉やパーリ語の〈サマナsamana〉からの借用語であるとか,ペルシア語の〈シェメンshemen〉(偶像,祠)からの転化語であるとする説もある。…
…また神の〈義〉は第1には審判ではなくて,秩序をつくり保持する力であった。したがって終末論と呼ばれるものは厳密には初期イスラエルにはなく,それが起こったのは王国の滅亡が迫った前8世紀の預言者においてである。まずアモスが神の審判とイスラエルの終りを告げ,次にホセアとイザヤが新しい世界の誕生を告げた。…
… 古代ギリシアでは,公的生活も,私的生活も,重要な決定はすべて神託中心に営まれ,特にデルフォイのアポロンの神託は,ソクラテスの哲学的活動の源泉となり,彼自身の思索と行動に密接な関係をもっていたことで知られている。古代イスラエルの預言者たちも,神の言葉をすべて一人称の言葉で語るシャーマンであり,神の〈私〉と預言者の〈私〉とは,彼の語る言葉のなかで切り離しがたく結合している。預言者の言葉が,〈神の言葉〉として,しばしば民族の危機に臨んで,歴史を動かす力となったのはそのためである。…
…イエスをメシア(救世主)とは認めないユダヤ教では,キリスト教会によって旧約聖書と名づけられた文書が唯一の聖典である。
【聖書の区分と内容】
[旧約聖書]
旧約聖書はユダヤ教で成立したヘブライ原典では,〈律法(トーラー)〉〈預言者(ネビーイーム)〉〈諸書(ケスービーム)〉に区分され,この順に置かれている。ユダヤ教徒は日常的にはこの聖典を,その3区分の頭文字をとって〈タナハTanakh〉,または読誦を意味する〈ミクラーMiqra’〉と呼んでいる。…
…それは,前4千年紀以来の第1期第1世代の先進文明圏の縁辺地域において始まったのであった。イラン高原にはゾロアスターがあらわれ,パレスティナには預言者たちがあらわれた。また,この第1期第1世代の古代先進文明圏の縁辺地域に新しく第2期第2世代の文明社会が姿をあらわした。…
…神意の伝達に際しては,受け手の側に解釈が必要とされる。 宗教史的には,古代イスラエルに,預言者(ナービー)と呼ばれる一群の人々が現れ,神と民衆あるいは神と国家共同体とを仲介する役割を果たし,外敵の侵攻など国家存亡の危機に,しばしば政治的理由によって国王と対立し,体制批判者として処刑されたことが知られている。旧約聖書に登場するイザヤ,エレミヤ,ホセアなどは,そうした預言者の典型である。…
※「預言者」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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