改訂新版 世界大百科事典 「バールミーキ」の意味・わかりやすい解説
バールミーキ
Vālmīki
古代インドの伝説上の詩人で,インド二大叙事詩の一つ《ラーマーヤナ》の作者とされる。その生涯について記されるところは,すべて伝説の域を出ないが,《ラーマーヤナ》の記述によれば,バールミーキは主人公ラーマと同時代の人となっている。彼はもと追剝を業としていたが,たまたま襲った7人の聖仙に逆に教化され,詩人となるべく長年にわたり瞑想にふけったという。瞑想を続ける彼の周囲に蟻が蟻塚(バールミーカvālmīka)を築いたので,以来彼はバールミーキと呼ばれたと伝えられる。《ラーマーヤナ》は,その中核部分が成立してから現在の形にまとめられるまでに数百年の期間を要しており,とくにその冒頭の第1巻と末尾の第7巻は明らかに後世(2世紀ころ)になって付加されたものであることが判明している。したがって,これを一人の人物の単独の著作と考えることはとうてい不可能であり,もしバールミーキなる人物が《ラーマーヤナ》の成立に寄与したとしても,最終的な編纂者,集大成者としての役割にとどまるものと思われる。しかし,インド文学の伝統においては,彼はカービヤKāvyaすなわちサンスクリット美文体文学の元祖と仰がれ,〈アーディ・カビādi-kavi(最初の詩人)〉という称号を冠せられており,その作品とされる《ラーマーヤナ》は〈アーディ・カービヤādi-kāvya(最初の美文体詩)〉と呼ばれている。
執筆者:吉岡 司郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報