日本大百科全書(ニッポニカ) 「パトラン先生」の意味・わかりやすい解説
パトラン先生
ぱとらんせんせい
Maître Pierre Pathelin
フランス中世喜劇の最高傑作。ファルス(笑劇)に分類されるが、作品の質の高さ、1599行という長さ(普通の数倍)は、ファルスとして異例である。1460年ごろ(遅くとも1469年以前)の作と推定される。作者についての定説はまだないが、パリ生まれの人とする説が有力。弁護士パトランは甲斐(かい)性を妻にみせようと、ずるい羅紗(らしゃ)商人の店先から舌先三寸で羅紗を巻き上げてくる。商人が代金をとりにくると、妻と共謀して、3か月来の重病人が買い物に出るはずがないと、「にせ気違い」の大芝居まで打って追い返す。羊を盗んで訴えられた羊飼いが弁護を頼みにきたので、何を訊(き)かれても羊の鳴き声「メーメー」の一点張りでいけと知恵を授ける。法廷に出てみると相手はなんと羅紗商人、もはや逃げ隠れもならぬパトランだが、商人はかえって羊の話と羅紗の話の混線を起こすので、裁判はうまく運ぶ。だが弁護料を請求する段になっても羊飼いは「メーメー」と答えるばかり、いかさま師も最後はだまされた。中世末の世相を反映したシニカルな芝居だが、巧みな筋書きや場面構成、透徹した人間観察はみごとである。フランス、ドイツでいくつかの模倣作を生んだ。
[長谷川太郎]
『渡辺一夫訳『ピエール・パトラン先生』(岩波文庫)』