パントテン酸(読み)ぱんとてんさん(英語表記)pantothenic acid

翻訳|pantothenic acid

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パントテン酸」の意味・わかりやすい解説

パントテン酸
ぱんとてんさん
pantothenic acid

水溶性ビタミンの一種で、ビタミンB複合体を形成する。水溶性ビタミンの大部分補酵素の成分であり、ビタミンB群も補酵素の成分である。たとえば、リボフラビン(ビタミンB2)はFADフラビンアデニンジヌクレオチド=フラビン酵素群の補酵素)の前駆物質である。

 1931年アメリカの生化学者ロジャー・ウィリアムスRoger J. Williams(1893―1988)らは、酵母菌のビオスbiosから酸性物質を分離し、1933年それが単一の酸性物質で酵母菌の成長に必要であることを示し、その物質が生物学的に広く分布しており、「どこにでもある」という意味のギリシア語パントテンに由来して「パントテン酸」と名づけ、1938年ウィリアムスとその共同研究者たちはその分子構造を決定した。パントテン酸は補酵素ACoA)の構造中に含まれ、アデノシン-3'-リン酸-5'-ピロリン酸のピロリン酸とエステル結合をし、β(ベータ)-メルカプトアミンとアミド結合をしている。パント酸(パントイン酸)とβ-アラニンからなる。健康な人の尿中排泄(はいせつ)量は1日平均3~10ミリグラムとされ、腸内細菌によって合成される。1日要求量は10~20ミリグラムであるが、食物から得られる量以外にその補給を考える必要はない。動物の臓器、とくに肝臓に多く、また卵、豆類、酵母などにも多く含まれている。動物における欠乏では、(1)成長停止、体重減少、(2)皮膚炎、(3)神経系の変性、(4)消化管潰瘍(かいよう)、(5)抗体産生の低下、(6)副腎(ふくじん)皮質機能低下がみられる。症状は動物によって異なり、イヌでは胃腸炎、脂肪肝、胸腺(きょうせん)の変化がみられ、ブタや子ウシでは発育停止と下痢大腸炎がみられる。

[有馬暉勝・有馬太郎・竹内多美代]

 なおパントテン酸は、動植物に広く分布しているので、ヒトにはこの欠乏症はないとされているが、精製された食品の多い食生活ではかならずしも楽観できないという主張もある。アルコール依存症の者では血中のパントテン酸レベルが正常者より高いにもかかわらず、肝臓中のそれは低いことが観察されており、ラットを用いた実験で、エタノールは肝中パントテン酸から補酵素Aへの生合成を低下させていることが明らかにされている。またパントテン酸欠乏になると感染に対する抵抗性が低くなり、免疫能の低下が示唆されている。ヒトにおける欠乏症として、第二次世界大戦中、捕虜に「焼け足症状」を呈する神経症状が報告されている。

[木村修一]


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