日本大百科全書(ニッポニカ) 「ピエール」の意味・わかりやすい解説
ピエール
ぴえーる
Pierre;or, The Ambiguities
アメリカの作家、H・メルビルの長編小説。1852年刊。主人公ピエールは田舎(いなか)の由緒ある家柄に生まれた青年。亡父の隠し子、異母姉イザベルの存在を知り、深い幻滅と懐疑に襲われる。やがて母と許嫁(いいなずけ)ルーシーを見捨ててイザベルのもとに走る。ルーシーもそのあとを追う。母は彼の家督相続権を剥奪(はくだつ)したあと悶死(もんし)。ピエールは創作によって身をたてようとするが果たせず、殺人の罪を犯して獄につながれる。結局、姉弟の忌まわしい関係(近親相姦(そうかん))を知ったルーシーがそのショックで死に、ピエールとイザベルは服毒自殺して果てる。極端な理想主義に走る青年の悲劇で、キリストの愛の思想をすら否定しようとするこの作品は、出版当時、狂気と背徳の書の烙印(らくいん)を押された。しかし西欧ニヒリズムの実存的問題に鋭く切り込んでいて示唆多き長編である。
[杉浦銀策]
『坂下昇訳『ピエール』(『メルヴィル全集9』・1981・国書刊行会)』