「言い名づける」という語の連用形の名詞化したものといわれている。「結納づけ」あるいは「忌み名づけ」の訛(なま)りともいわれて、「いいな」は夫が妻につける名のことという説もある。親あるいは親代わりの者が、幼い子女の結婚をあらかじめ約束する、またはその約束を結んだ者同士をさしていうのが、いま普通に使われている「いいなずけ」の概念である。このことばは早く室町時代から使われていたらしいが、戦乱の世では政略に女性の結婚が使われた時代として納得できる。男が女の名を知ることは、すなわちその女性を占有することであった古代の習わしは、『万葉集』巻頭の長歌でも知られているが、この時代には結婚の前提として当事者同士の交流の一手段であったと思われる。これに対して後世の「いいなずけ」は、当事者の意志には関係なく取り交わされたものであったから、これによって一生を悲運に泣いた女性の物語は、数多く残されている。良きにつけ悪(あ)しきにつけ、いいなづけの風習は、このごろではほとんど聞かれなくなった。
[丸山久子]
双方の親たちの合意で幼少の時から婚約を結んでおくこと,またはその当人どうしをいう。広く婚約者をいう場合もある。かつて皇后は五摂家の女性の中から幼少の時に選定されたが,平安時代の貴族の間にもしばしばいいなずけはみられた。これには,婚姻がまず個人の資質よりはその所属する家の問題であり,その均衡,時には勢力強化を求める身分的ないし階層的内婚規制の存在が考えられよう。中世以後の武士社会においてはしばしば政略的にこれが用いられた。農村におけるいいなずけとしてはとくにイトコを考える地域がある。これは階層的内婚を前提とするとともに,その社会が兄弟姉妹間の同等を基調として,家格の差が少ないかあるいは顕著でないことと関連しよう。いいなずけに際しては一般に親どうしの口約束で酒をくみかわす程度が多く,特別の儀礼は少ない。
執筆者:植松 明石
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