フィンレー(読み)ふぃんれー(英語表記)Carlos Juan Finley

日本大百科全書(ニッポニカ) 「フィンレー」の意味・わかりやすい解説

フィンレー(Carlos Juan Finley)
ふぃんれー
Carlos Juan Finley
(1833―1915)

キューバ医師。スコットランド人の医師を父に、プエルト・プリンシペ(現、カマグエイ)に生まれる。パリ、ついでアメリカのジェファーソン医科学校で医学を学び、1855年学位を得た。卒業後、キューバに戻り、ハバナで開業したが、アメリカ黄熱病委員会と密接して黄熱病を研究した。そして黄熱病患者の血を吸わせたカを健康な人に刺咬(しこう)させるなどの実験を行った結果、黄熱病はネッタイシマカによって伝染するという結論に達した。彼の行った実験が説得的でなく、またそのやり方が常識的でなかったため、その主張もなかなか認められなかったが、1901年その正しさが認められた。

[大鳥蘭三郎]


フィンレー(Moses I. Finley)
ふぃんれー
Moses I. Finley
(1912―1986)

イギリス歴史家ニューヨークのユダヤ系の家に生まれる。コロンビア大学修士博士の学位を取得。『古代アテネの土地貸付』(1952)が評価されて、1955年にケンブリッジ大学講師となり、のちにイギリスに帰化。70~80年に同大学古代史教授を務め、古代ギリシア社会経済史の分野で業績をあげた。主著は『古代経済』『古代奴隷制と近代思想』など。

[前沢伸行]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フィンレー」の意味・わかりやすい解説

フィンレー
Finlay, George

[生]1799.12.21. ケント,ファバーシャム
[没]1875.1.26. アテネ
イギリスの歴史家。 1823年ギリシアにおもむき,詩人バイロンと親交を結び,ギリシア独立戦争 (1821~29) に参加。以後アッチカに住んで,ギリシア史を研究。著書『ギリシア史』 History of Greece (7巻,77) 。

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世界大百科事典(旧版)内のフィンレーの言及

【ピース[川]】より

…マッケンジー川水系に属する川で,ブリティッシュ・コロンビア州のカナディアン・ロッキー山脈に発し,東流してアルバータ州に入り,北東流してグレート・プレーンズを横切ってアサバスカ湖付近で本流のスレーブ川(マッケンジー川の上流部)に注ぐ。最上流部はフィンレー川と呼ばれ,それを合わせると長さ1920km。ピース川と合流点以下の本流のスレーブ川,マッケンジー川の長さを合わせると全長4240kmとなり,北アメリカ第2の長流となる。…

※「フィンレー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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