ベフバハーニー(その他表記)Behbahānī

改訂新版 世界大百科事典 「ベフバハーニー」の意味・わかりやすい解説

ベフバハーニー
Behbahānī
生没年:1844ころ-1910

イラン立憲革命期(1905-11)のテヘランにおける指導的立憲派ウラマーの一人。タバコ・ボイコット運動に際しては,ボイコットに批判的立場をとったが,立憲運動には積極的に関与した。第1議会(1906-08)では,ユダヤ教徒を代弁して議席を占めた。続く第2議会(1909-11)では穏健派に隠然たる影響力を有したが反対派により暗殺された。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

20世紀西洋人名事典 「ベフバハーニー」の解説

ベフバハーニー
Behbahānī


1844 - 1910
イランの政治家。
1905〜11年にかけてのイラン立憲革命期にテヘランで指導的立憲派ウラマーの一人として活躍、タバコ・ボイコット運動には批判的立場をとり、立憲運動には積極的に関与。’06〜08年の第1議会ではユダヤ教徒を代弁して議員となり、’09〜11年の第2議会で穏健派に影響を与えたが、反対派により暗殺される。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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