フランスの劇詩人ラシーヌの五幕韻文悲劇。1670年初演。ローマ皇帝ティチュスは東方遠征から連れ帰ったパレスチナ女王ベレニスと相愛の仲だが、ローマの掟(おきて)は異国人との結婚を禁じている。2人の友で東方小国の王アンティオキュスも女王を恋しているが、皇帝との結婚を待ちこがれる彼女は耳を貸さない。苦悩する皇帝は重臣ポーランに説得され、アンティオキュスに女王を伴い東方へ帰るよう頼むが、彼女の絶望の前に動揺する。女王は皇帝の愛を確かめて、「この苦しい瞬間に、最後の力であとを飾りたい」と決心し「3人は全世界にこのうえなく優しく切ない恋の鑑(かがみ)」と別れを告げる。彼らの気高い心情とその変転の明暗を、優美な旋律と激情の交錯で描いた傑作。この作は先輩コルネイユと同一主題の競作となったが、ラシーヌは序文で、「無から創作した」単純な内容に悲劇の「荘重な悲哀」を盛ったことを誇り、暗に先輩の複雑な筋立てを批判している。
[岩瀬 孝]
『伊吹武彦訳『ベレニス』(『ラシーヌ戯曲全集 巻一』所収・1964・人文書院)』
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