夏目漱石(そうせき)の長編小説。1916年(大正5)5月26日から12月14日まで、東京・大阪の『朝日新聞』に連載され、作者の死によって中絶した。翌年1月、岩波書店刊。会社員の津田は清子との過去を隠して結婚したが、夫の秘密を疑うお延(のぶ)は人のもの笑いになるのを恐れている。嫂(あによめ)の虚栄を憎む妹のお秀は、入院費用のくめんをめぐって兄と争い、友人の小林は津田の「余裕」を攻撃し、いずれ「事実」に罰せられると予言する。夫婦、兄妹、愛人、友人、親族、上役と下僚などありふれた人間関係を網の目のように布置し、我執を脱しえない凡俗の葛藤(かっとう)と愛憎が執拗(しつよう)に描かれる。小説は津田が清子と再会した場面で中絶した。日常心理の稠密(ちゅうみつ)な描写を重ねて人間性の底知れぬ深淵(しんえん)を彷彿(ほうふつ)するが、「私」を超える救済の方向はまだみえてこない。本格的な客観小説の骨格を備えた重厚な力作。
[三好行雄]
『『明暗』(岩波文庫・角川文庫・講談社文庫・新潮文庫)』▽『三好行雄著『鴎外と漱石』(1983・力富書房)』
夏目漱石の最後の長編小説。1916年(大正5)5~12月,東京・大阪の《朝日新聞》に連載。17年岩波書店刊。作者の死により未完。この作で漱石は,それまでの小説とは違った描き方をしている。《こゝろ》までは何らかの観念によって小説を造形してきたが,《明暗》では日常生活における主人公津田夫妻をはじめとする人間たちの我執の姿を,あたうかぎり多角的に,相対的認識の極限にまで追求した。平凡な日常生活の奥に秘められた人間の“我執”の角突き合う修羅場を,拡大鏡で眺めるように,微細に描いた。そういう俗臭ふんぷんたる人間の“我”の果てにあらわれる大きな“自然”の境地を暗示しつつ,小説は中絶している。
執筆者:桶谷 秀昭
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夏目漱石の最後の,また最長の長編小説。1916年(大正5)5月26日から188回にわたって東京・大阪の両「朝日新聞」に掲載されるが,作者の死によって中絶,未完。翌年に岩波書店から刊行。日常生活の抜き差しならない人間関係を,緻密に徹底した相対性のただ中に描きだす。
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…伝統的な図像や,主題のディテールや構成の類型を描いた素描で,工房に伝えられ,制作の範例とされた。 これらのほか,黒灰の濃淡,すなわち灰色系のモノクロームによる明暗法のみによって描くグリザイユgrisaille(フランス語),灰色にかぎらず,単色の濃淡のみでイリュージョンスティックな表現を行うカマイユなどがあるが,それらは単彩であっても独立作品として意図されたもので,厳密には素描とは呼びがたい。ペン画,鉄筆画,鉛筆淡彩画などでも,発想の当初から独立した作品として意図されたものは,素描の素材を用いた単彩であっても,素描とは呼びがたい。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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