現代外国人名録2016 「ベンヤミンネタニヤフ」の解説
ベンヤミン ネタニヤフ
Benjamin Netanyahu
- 職業・肩書
- 政治家,外交官 イスラエル首相,リクード党首
- 国籍
- イスラエル
- 生年月日
- 1949年10月21日
- 出生地
- テルアビブ
- 学歴
- マサチューセッツ工科大学卒,マサチューセッツ工科大学大学院修了
- 経歴
- 10代から米国で過ごし、大学では建築、経営管理学などを学び、修士号を取得。民間のコンサルタント会社、生産会社の上級幹部を経て、1982〜84年在米大使館に勤務、’84〜88年国連大使。’88年右派政党リクード選出のイスラエル国会議員となり、’88〜91年外務次官を務め、この間、湾岸戦争時にはマドリード中東和平会議のスポークスマンとして知名度をあげた。’91年10月からはシャミル政権下で中東和平会議のイスラエル代表団報道官を務め、その雄弁さでリクードの若手党員を中心に支持を広げ、’93年3月同党党首に選出される。兄のヨニが対テロ特殊部隊パラスに所属し、’76年7月エンテベの奇襲に参加し死亡したため国際テロリズムに関する著作も多く、’96年5月イスラエル初の首相公選では、テロへの恐怖をあおり、暗殺されたラビン首相の遺志を受け継ぎ和平路線を主張するペレス元首相と大接戦を演じ、勝利。6月7党連立内閣を発足させた。首相の他、建設住宅相、宗教相を兼務。’97年1月パレスチナ自治政府のアラファト議長と会談し、イスラエル軍のヘブロン(ヨルダン川西岸)撤退に合意。’98年10月にはイスラエル軍追加撤退とパレスチナ自治政府治安対策強化などを定めた包括合意文書(ワイ合意)に調印。’99年5月首相公選でイスラエル労働党のエフド・バラクに敗れ、党首を辞任。国会議員も辞職。2002年11月シャロン内閣の外相、2003年2月〜2005年8月財務相。2005年12月リクード党首に当選。2007年8月党首再選。2009年2月の総選挙を受けて3月首相就任。2013年1月の総選挙を経て3月首相再任。“ビビ”の愛称で知られる。著書に「テロリズム―西側はいかにして勝利を手にするか」。
出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報