翻訳|terrorism
テロリズムとは、ある政治的目的を達成するために、暗殺、殺害、破壊、監禁や拉致(らち)による自由束縛など過酷な手段で、敵対する当事者、さらには無関係な一般市民や建造物などを攻撃し、攻撃の物理的な成果よりもそこで生ずる心理的威圧や恐怖心を通して、譲歩や抑圧などを図るものである。政治的目的をもつという意味で単なる暴力行為と異なるが、それらの目的には、政権の奪取や政権の攪乱(かくらん)・破壊、政治的・外交的優位の確立、報復、活動資金の獲得、自己宣伝などさまざまなものがある。これらテロリズムを行う主体をテロリストといい、個人から集団、あるいは政府や国家などが含まれる。
[青木一能]
テロリズムの由来は、フランス革命期のジャコバン派の恐怖支配(1793年6月~1794年7月)にあるとされる。爾来(じらい)、「白色テロリズム」あるいは反動的テロリズムとよばれる支配体制側が反対勢力を抑圧・弾圧する事例や、反体制側がとる暴力行為、すなわち「赤色テロリズム」あるいは革命的テロリズムが数多く発生した。なかでも赤色テロリズムは、マルクス・レーニン主義において革命期などの社会的変革期に人民大衆が行う闘争手段として位置づけられてきた。1930年代のスペイン内戦では、ファシスト・フランコ勢力側と敵対する人民戦線側との間で相互にテロの応酬が行われたが、それらは体制側と反体制側がともにテロリズムの主体となっているという点で、テロリズムの多義性を示している。
テロリズムの個々の事例における直接的原因はさまざまであるが、いずれの場合にも共通する究極的因子として「現状維持」指向あるいは「現状変革」指向が根底にあるといえよう。現体制を維持しようとする側は現状を揺さぶる反対勢力を抑圧・弾圧しようとし、現状に不満をもつ側は現状を破壊もしくは変革しようとする場合がある。テロリズムという暴力的行為によって現状維持あるいは現状変革を目ざそうとするのは明らかに否定すべきことだが、近年においてテロリズムはなおいっそう頻発の傾向をたどっている。
[青木一能]
その傾向を衝撃的に世界に示したのが、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロであった。テロリストにハイジャックされた民間飛行機がニューヨークの世界貿易センタービル、バージニア州アーリントン郡の国防総省(ペンタゴン)にそれぞれ激突し、約3000人の民間人を死亡させた。この惨劇は瞬時に世界に報道され、テロリズムの脅威を再認識させることになった。ただちにアメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)は、21世紀の「新たな戦争」の開始を宣言し、オサマ・ビンラディンを指導者とするアルカイダとその支援国家に対する対テロ戦争への姿勢を明らかにした。
アルカイダはイスラム原理主義過激派と目され、イスラムの世俗化を促すと同時にグローバリゼーションの旗手として優位な立場を強化するアメリカを最大の敵としてとらえ、各種の対米テロ活動を行ってきた。1993年の世界貿易センタービル爆破事件、1996年の在サウジアラビア米軍基地爆破事件、1998年の在ケニアと在タンザニアのアメリカ大使館爆破事件、2000年のイエメン沖の米艦襲撃事件などを引き起こしたといわれる。1998年の大使館襲撃事件後の1999年に国連安全保障理事会は決議を採択して、アフガニスタンのタリバン政権にビンラディンとアルカイダメンバーの引き渡しを求めた。またテロ支援国家についてブッシュ大統領は2002年1月に「悪の枢軸」としてイラク、イラン、北朝鮮を名指して非難した。
[青木一能]
一方、2001年10月、アメリカは有志連合を糾合して、アルカイダを支援するタリバン政権への攻撃を開始した(「不屈の自由作戦」)。まさに21世紀の対テロ戦争の火ぶたが切って落とされたのだが、同作戦は翌2002年にはフィリピン、ジョージア(グルジア)、ジブチ、エチオピア、ソマリアでも行われ、さらに2003年3月にはイラクへの攻撃が開始された。
そうした対テロ戦争はテロの抑止よりも「報復の連鎖」状況を生み出しているのが現実である。アルカイダ以外にも2008年のインド同時多発テロに代表されるように、多くのテロリストが世界各地でテロを頻発させている。むしろテロという手段が即席の爆破装置や自爆などのようにコストや技術面で容易かつ簡便さをもつだけに、現状を揺さぶり、自らの主張を実現するための効果的なものとして増加さえしている。
それに対して世界の多くの政府は対テロ組織・部隊をもち、その対策に躍起になっている。しかし、近年の交通・通信技術の革命的発達やグローバリゼーション下の国際間の人的移動の拡大などは、神出鬼没なテロ活動に有利な条件と攻撃対象の多様化をもたらし、その防止をいっそうむずかしくさせている。加えて、多くの社会において深まる社会的経済的格差は現状変革へのエネルギーを鬱積(うっせき)させ、その暴発を一部テロという形で発現させる蓋然(がいぜん)性を高めている。
[青木一能]
地球が網状的なシステムで結合している現代世界において、テロ活動は必然的に国際化すると同時に、テロ・グループ間の連携をも促している。また、その手法と対象も多様化し、サイバーテロやエコテロリズムといった現象すら生じている。サイバーテロとは、インターネットのサイト上のデータの破壊、コンピュータ・ウイルスの大規模な配布、通信回線の停止などを通じて、ある社会的・政治的主張を実現あるいは伝達する場合をいう。またエコテロリズムとは、環境や動物の保護などを目的に破壊や脅迫、暴力的行為を行う場合にいう。その活動団体としては、動物解放戦線、地球解放戦線、シーシェパードなどが知られており、放火や爆破、略奪などの非合法活動を行っている。自己の主張を実践するためには手段を選ばない行動は、他のテロリズムと同様に、広く賛同を得られるものではない。
結局、無関係な人々を巻き込み、人々の心理的恐怖心を煽(あお)って自己の目的を達成するというテロリズムは、どのような大義名分を掲げたとしても、けっして認知されるものではないだろう。
[青木一能]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
組織的・集団的暴力の一形態であり,心理的威嚇や勢力の誇示といった政治的効果をねらうため,政治集団により行使される暴力をいう。テロリズムは,主として革命時や内乱時に生ずるが,比較的小さな代価で大きな効果をうむため,平時に少数派の政治集団により用いられる例も増加しており,暗殺のような個別的暴力行使の形態と近似しつつある。内乱時のように政治社会の分極化状況のもとで生じるテロリズムでは,行使する主体によって革命的(赤色)テロルと反革命的(白色)テロルとが区別されるが,元来テロリズムは反革命的支配階級の常套(じようとう)手段とされ,革命派はこれと対抗するために防衛手段としてテロリズムをとったのである。革命的テロルとして有名なのはフランス革命時におけるジャコバン独裁での恐怖政治や,ロシア革命での戦時共産主義期(1918-20)における例があるが,これらの状況においては,双方の側から暴力行使が行われるか,または対抗テロルをうみがちである。また分極化状況のもとでは,テロルの行使は,敵側に対してだけではなく,自己の側に対しても向けられるようになる例も少なくない。他方,近時とくに顕著な傾向としては,少数派集団が体制に対しテロリズムを効果的に利用して存在を誇示したり,譲歩をひきだす例がある。これとは反対に,第2次世界大戦前のファシズム体制や今日の第三世界の強権的統合体制(〈開発独裁〉ともよばれる)のように,体制自体がテロリズムを内包し,あらゆる合法的反対派をも抑圧している例もみられる。いずれにせよ直接的暴力だけでなく構造的暴力が存在している政治社会では,政治的手段としてのテロリズムへの誘因が存在しがちである。
→暴力
執筆者:下斗米 伸夫
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(坂本義和 東京大学名誉教授 / 中村研一 北海道大学教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
テロルとは政治的手段としての殺人であり,フランスやロシアでは革命独裁政権が行った。テロリズムは,テロルを政治闘争の武器として系統的に行う立場のことである。革命運動,民族運動では19世紀のロシアとアイルランド,20世紀のパレスチナが代表的である。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…一般的には,権力を掌握した党派ないし個人が,武力ないし暴力を背景とし,反対派に対する逮捕,投獄,処刑,殺害などの手段を用い,民心をして恐怖せしめることによってみずからの権力の維持とその政策の貫徹とを図ろうとするような政治形態をいう。そのような一般的な意味では,テロリズムともいう。だが,歴史的には,フランス革命期の1793年から94年にかけて行われた革命的独裁政治が,断頭台などによる大量処刑を伴ったために恐怖政治と呼ばれており,狭義の恐怖政治は,この時期のフランスの政治形態を指す。…
※「テロリズム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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