デジタル大辞泉
「マルヌの戦い」の意味・読み・例文・類語
マルヌ‐の‐たたかい〔‐たたかひ〕【マルヌの戦い】
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マルヌ‐の‐たたかい‥たたかひ【マルヌの戦】
- ( マルヌはMarne ) 一九一四年九月、フランス北東部のマルヌ川河畔でおこなわれた第一次世界大戦における西部戦線最初のドイツ、フランスの会戦。フランス軍がドイツ軍の南下を阻止し、ドイツのシュリーフェン計画を失敗させ、以後戦線は膠着状態となる。短期決戦から長期戦に変わったので、総合戦力に劣るドイツ側の不利が明らかになった。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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マルヌの戦い
まるぬのたたかい
第一次世界大戦の趨勢(すうせい)を決めた重要な緒戦(1914年9月6~12日)。ドイツは、西部戦線の短期決戦を目ざすシュリーフェン・プランに沿って進撃した。しかし、パリをその西から回り込むはずの最右翼が進路を東にずらした時点で、仏英軍が反撃に転じ、マルヌ川で進攻を阻止した。ここに戦線が膠着(こうちゃく)し、ドイツは予定が狂って、以後東西二正面作戦を余儀なくされた。右翼の一部を東部戦線の増援に回したことが致命的敗因である。
[柳田陽子]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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マルヌの戦い
マルヌのたたかい
Marne
第一次世界大戦開始直後の1914年9月に行われた,西部戦線でのドイツとフランスとの最初の大規模な会戦
ベルギーの中立を侵犯してフランスに侵入したドイツ軍を,フランスの参謀総長ジョフルがイギリス軍と協力して,マルヌ川河畔でくいとめた。このため短期決戦により東西二正面攻撃をめざすドイツのシュリーフェン作戦は失敗し,戦争は長期化した。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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マルヌの戦い(マルヌのたたかい)
Marne
第一次世界大戦における西部戦線での最初のドイツとフランスとの会戦。1914年9月,フランス軍はパリ東方のマルヌ河畔での会戦によってドイツ軍の南下を阻止し,シュリーフェン・プランを失敗させた。以後西部戦線は膠着状況に陥る。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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